プロローグ3
ノクトは割った薪を乾燥させている裏庭に着いた。
ノクトは節が密集し割るには困難で割り切れなかった丸太を地面に置いた・
丸太から距離を取り、ノクトは左手を前に出して目を閉じる。すると左手の掌に不自然な風の流れが生まれる。
ノクトが風の魔術を起動し掌に風を収束し始める。
収束した風の塊が強風が吹いている時に聞こえる風音を発している。
その風の塊を丸太に向けて勢いよく射出した。
風の塊が丸太にぶつかると、丸太は衝撃で地面から少し浮き、再び地面に着地すると、着地の衝撃で節が密集して斧で割るに割れなかった丸太が綺麗に八等分された。
恐ろしいことに丸太の節が密集して強固な部分が風の魔術でいとも簡単に分割されていることだ。
節がある部分は丸太の木目の流れが変わり斧で割るには非常に困難で綺麗に割ることは削るように切る方法でしかなく割ることは不可能に近い。
それも節が密集した丸太など斧でも割ることは非常に困難であるにもかかわらず、ノクトの生成した魔術で風の刃が鋭利に丸太を切り分けた。
風の魔術でも切れ味の鋭利な風の魔術を精密に丸太を八等分できる技術は魔術師の中でも数は絞られる。
ノクトが今度受験する予定の上級魔術師試験の練習で節だらけの丸太割りと呼ばれる風の魔術の強度と精密さを見定められる第一関門といって差し支えない実践試験の一つだ。
「これは難なくクリアできるようになったぞ」
ノクトはほっと息を吐く。割った薪を今度は横一列に立てて並べ、丸太を割ったときの二倍以上離れた。
ノクトは丸太を割ったときと同じく左手を前に出した。先程と同じく掌の前に風が収束していく。しかし違う点が二つある。
一つ目は風が収束している箇所の数。丸太を割った時は掌の前に一ヵ所だけだったのに対し、今回は収束している箇所は八ヵ所である。
二つ目は風の収束密度、八個の収束した風一つ一つが丸太を割った時の風の塊とは比べ物にならない程に風が小さく圧縮されより流れが激しくなっている。
八個の風の塊を生成したノクトは割った八個の薪それぞれに向かって射出した。
風の塊八個が薪にそれぞれ命中した。薪には小さく圧縮した風が貫通して薪に穴が開いたものがあれば、薪が真っ二つにされたものがあれば、薪が風の塊に抉られ薪が削られたものがある。
複数の的に風の塊を命中させる試験であれば満点合格だろう。しかし——
「クソッ!まだ二個しか貫通してないっ」
今回ノクトがシミュレーションで行った試験内容は命中した複数の的が倒れずにどれだけ風の塊によって貫通したか、風の魔術の収束度と貫通力を見定める内容の試験だ。
八個の風の塊が命中した的は削られた的が二個、真っ二つになった的が六個、貫通した的は二個。しかも貫通した的は風の勢いで倒れている。
この実践試験は第二関門と呼ばれ、第一関門を超える難易度で上級魔術師試験の風の魔術の部門ではこの二つの関門をクリアできるかどうかで試験の点数の上下が激しくなる配点の高い試験である。
「もう一度やり直すか」
魔術で割った薪は薪を乾燥させている屋根付きの薪置き場に並べた。
そして新たに丸太を目の前に運び、風の魔術で丸太を八等分する。
丸太を八等分する練習は二週間程で割ることができるようになったが、薪に命中させ風の塊が貫通させる練習は二週間繰り返しても薪を倒さず貫通できない。
貫通できたとしても今は三個が最高記録だ。
頑張って練習してもなかなかうまくいかない。
ノクトは再び薪を横一列に並べた。
先程と同じ八個の風の塊を限界まで収束させ薪に向かって射出する。
全ての的である薪に命中するが風の塊が貫通したのが三個、他の五個は薪が真っ二つになった。
「難航しているようだな」
ノクトの後ろから声が聞こえた。
声の主がエドワードとノクトはすぐに分かった。
ノクトは苦虫を噛み潰した顔でエドワードを見る。
エドワードはノクトが風の魔術で作った薪を手にして少しの時間観察した。
「風の刃で薪を均等に切り裂くところは合格ラインを越えているが、風を限界まで圧縮して貫通させることまでは合格ラインに達していないというところか」
ノクトの現状の実力を言い当てるエドワードは手に取った薪を薪置き場に置いた。
「なんだよジジイ。アンリとシャルの神聖術の訓練はどうしたんだよ?」
エドワードは午後アンリとシャルに神聖術を教授する日であり、ノクトはそのため一人で魔術を練習していた。
「訓練の休憩中だよ、適度に休憩しないと訓練の効率が下がるからな」
休憩中であることをノクトに伝えるとエドワードはノクトが切った他の薪を集め観察する。
「風の収束度が甘いな。風を圧縮して留める時、綺麗な球体をイメージしていないから射出した後力が分散して薪が削られている跡ができたり、薪が切られたみたいに割れたりするんだ。もっと圧縮した時の形状までイメージすること。それと射出して的に当てる時中心を当てる米中精度を上げる必要があるな」
エドワードは風の魔術を当てた薪を見ただけで的確な指示を言い述べる。
それを聞くノクトは更にばつの悪い表情をする。
「だったら手本を見せてくれよ!特級魔術師のジジイなら容易いよな?」
ノクトは修正点を言われるだけの状況に苛ついたのかエドワードに実演させようとした。
エドワードは無言で薪置き場から薪を一個取り出して地面に立てた。そしてノクトより距離を置いて右手を前に出す。
ノクトのように掌に風が収束するのではなく、薪の周囲に風の収束する箇所が幾重にも生まれていく。そして圧縮された風の塊——というより風の粒が薪に高速で射出される。
風の粒が命中した薪は倒れることなく貫通している。しかも幾重にも射出された薪には無数の小さな穴が開いていた。まるで蜂の巣だ。
ノクトが薪を貫通していた風の塊の口径より一回りも小さい穴を無数に開けたエドワード。試験で試されるような技量のことで実力に天と地ほどの差があることを見せつけられた。
ノクトは実力の差を見て呆然とするしかなった。
「俺を超えたいというんだったら、これくらいはできないとな」
呆然としていたノクトが我に返りエドワードを一瞥する。
普通の魔術師は魔術によって現象を起こす時、魔力の流れを感じやすい掌や魔力を収束しやすい杖の近くで魔術を起動して魔術を発動する。
しかしエドワードは自身から離れた的の周囲から魔術を起動し風の魔術を発動した。
それだけでもすさまじい技量なのに、エドワードは幾重にも風の粒を生成し的の薪を全方位から風の粒を射出し貫通した。
しかも無数に射出したにもかかわらず薪は割れず倒れもしなかった。
圧倒的な実力差を簡単に見せられた。
「み、見てろよジジイ!あと一週間で薪を蜂の巣にしてやるからな!一週間後を待ってろよ‼」
あまりの実力差を隠すようにノクトは激昂しエドワードは微笑んでいた。
「休憩時間も終わるから俺はアンリとシャルのとこへ戻る。使える薪は限られてるから魔術の練習で無駄にするなよ」
エドワードはそう言い残しアンリとシャルのところへ行った。
エドワードが裏庭から姿が見えなくなると激昂していたノクトは急に静かになった。
先程の激昂は虚勢の何物でもなかった。
昼間に息巻いていたエドワードを超える魔術師になるという目標。そのことがどれだけの道のりか。今ならわかる。
ノクトは超えたいと願う目標がいかに大きく、遠く、偉大な人物であるか身をもって知った。
皆様お疲れ様です。
tawashiと申す者です。
最近どんどん冷え込んできて冷え性気味の私には大変になってきました。
読んで頂きありがとうございます。