第十一話
ノクトが聞きたくなかった真実をイプシロンが告げた。
ノクトが人間の絶対悪である悪魔の主、魔王の末裔で、魔王と相討ちになるため育てられ、国からの命令でエドワードはノクトを殺すよう命じられていた。
その真実は今のノクトには重かった。
ノクトは血の気が引いていき顔が青ざめてきた。心なしか体も震えている。
「絶望しましたよね。国は魔王様と魔王様の血を絶やすためなら手段なんて選ばない。ですからノクト様。私達と魔王様の崇高な目的のために動きませんか?」
イプシロンはノクトに問いかけた。
「魔王様は人間共に討たれてもなお世界を案じています。魔王様が掲げる崇高な目的のためノクト様が尽力すれば魔王様の望みに近づきます」
今のイプシロンの言葉にノクトは内心揺れていた。
自分はどちらにしろ死ぬために存在していた。
自分は国に利用されていた。
そして国はノクトを敵になると予見し育ての親であるエドワードに殺すよう命令を下した。
そんな真実は嘘だ。
嘘であってほしい。
しかしイプシロンの言った事は状況証拠としては十分だ。
ノクトはエドワードからイプシロンが言った事が嘘であると言ってほしい。
それだけが聞きたかった。
「さあ、ノクト様」
イプシロンは枯れ枝のように細い手を差し伸べる。
ノクトはイプシロンの手を見た。
「伏せろ!ノクト‼」
ノクトの風の魔術でへし折れた木々から声が聞こえた。
ノクトは咄嗟に声に反応して頭を伏せた。
ノクトの前にいたイプシロンはその場から急に姿を消した。
次の瞬間ノクトの目の前の地面から衝撃波と土煙が吹き荒れた。
頭を伏せたおかげで衝撃波から身を守ることができた。
「大丈夫か⁉ノクト!アンリ!」
ノクトは聞き覚えのある声に体の震えが止まった。
へし折れた木々の上に立っていたのは白髪の男性——エドワードだった。
「やはり速いですね、貴方は。ノクト様と引き離すために色々準備したのに」
「俺を引き剥がしたいならもっと策を練った方がいいぞ。悪魔」
エドワードはイプシロンに対して鋭い殺気を放つ。
イプシロンも先程と纏う雰囲気が変わり殺意を纏っている。
エドワードは掌を合わせる。
掌同士の間から強い光が漏れだしていく。
エドワードは掌同士を離していく。
強い光は徐々に剣の形を模していき、光は弱まっていく。
剣を模した光は消えて、本物の剣が姿を現した。
鏡のように美しい銀色の剣は他の剣と違う聖なる気配を纏っていた。
「俺の子ども達が世話になった礼だ。こいつで跡形もなく消えろ」
「聖剣ですか。それもかつて勇者が使用した聖剣の一本を使うなんて、貴方も本気ですね」
イプシロンはノクトと話していた声音と違い忌々しさをはらんでいる。
そしてエドワードはイプシロンに向かって目に追えない速度で突っ込む。
イプシロンの掌から魔法陣が浮かび光を放つ剣を生成した。
エドワードはイプシロンに聖剣を振りかぶる。イプシロンはエドワードの聖剣の一撃を光の剣で受け止める。
金属音が響き、互いの剣が鍔迫り合いになる。
次の瞬間二人の姿が消える。
ノクトの周囲から剣戟による金属音が四方八方から響き渡る。
ノクトは二人の剣戟を目で追えず、エドワードの持つ聖剣が放つ聖なる気配とイプシロンが持つ光の剣の輝きのみが残像となって二人が移動した軌跡をなぞる。
しばらく剣戟の音が響き、途端に音が鎮まる。
最後に響いた剣戟の音へ振り向くとエドワードとイプシロンが鍔迫り合いをしていた。
「ノクト!アンリを連れて逃げろ!」
エドワードはノクトを見ずにアンリと逃げるよう告げる。
「ジジイはどうするんだよ?」
「自分とアンリの心配だけしていろ!今のお前は足手まといだ!」
ノクトの質問を一蹴してエドワードは怒声交じりでノクトに伝える。
今の状況でノクトとアンリは足手まとい。すぐに理解できる状況にノクトも悔しいが理解できた。
ノクトはアンリの元へ近づいた。
ノクトはパニック状態のアンリを魔術で強制的に意識を奪った。
パニックで暴れてしまっては縄を切るのも大変だし逃げるために運ぶのも困難だ。ノクトは心の中で謝罪した。
アンリを縛っていた縄を風の魔術で切り腕と足を自由にした。
アンリの右手には紫色の宝石が装飾された銀色のブレスレット——封印の魔法具が身に付けられていた。
アンリが自己防衛のために神聖術や魔術が使えなかった原因の魔法具を壊そうとしたがノクトの風の魔術では壊せなかった。
ノクトは魔法具の破壊を後回しにしてアンリを背負い浮遊魔術を起動した。
そしてノクトは全速力でこの場から離れた。
ノクト達が離れた事を確認したエドワードは鍔迫り合いの状態からイプシロンに蹴りを喰らわす。
蹴りをまともに喰らったイプシロンは勢いよく吹き飛ばされ、暴風でへし折れた木に叩きつけられる。
叩きつけられた瞬間、イプシロンの首筋にエドワードの聖剣が這う。
「見事ですね。流石王宮に仕える騎士の中の頂点と謳われる聖騎士の中で歴代最強の力と言われるだけの腕前だ。私一人では時間稼ぎ程度しかできない」
「分かったなら消えろ」
「ただし——」
絶対的にイプシロンの不利の状況でイプシロンは人間では不可能な程口角を上げる。
「——私が一人であると貴方は思いますか?」
エドワードはその言葉で気づいた。イプシロンが先程の剣戟で防戦一方だった事に違和感を感じていた。
その違和感が確信に変わった。
イプシロンはエドワードと戦う事は二の次だった。
イプシロンの本当の目的に気づいたエドワードは聖剣をイプシロンの喉元を貫いた。
喉元に聖剣が貫いた瞬間、イプシロンの体が煙のように空気中に霧散していく。
イプシロンの目的はノクト達との距離を離して時間を稼ぐ事。
そしてイプシロンが次にする事は——
エドワードは全速力で逃げたノクト達にすぐに追いつきたいが転移魔術は周囲に障害物となる物がないところでしか発動できない。
こんな木々が生い茂る林では転移魔術は使えない。
イプシロンはその事も想定してここをアンリの交換場所として選んだのか。
苦虫を噛み潰した顔をするエドワードは浮遊魔術を起動した。
そしてノクト達に追い付くため全速力で移動する。
お疲れ様です。
tawashiと申す者です。
本日二話連続投稿の二話目です。
読んでくださり誠にありがとうございます。
明日も投稿しますので良ければ読んでください。