第九話
ノクトの瞼に映るのは酒場だった。
多様な酒が棚に並びカウンターやテーブルには大人達が酒や肴を嗜んでいる。
中には度を越して酒を飲み過ぎて机に突っ伏している大人もいる。
何か異様に静かでノクトが想像した酒場と違った。
その酒場の隅のテーブルに大男がいた。
大男の向かいには黒い外套を羽織った人物がいた。
向かいの人物が羽織っている黒い外套は炎のようにゆらゆらと揺らめいたと思えば煙のようにもくもくと動く不思議な外套だった。
向かいの男の顔はなぜかレンズのピントが合わなかったときのようにぼやけていた。
「で、今回の依頼ってのは?」
大男が向かいの人物に問いかける。
「貴方達には容易い仕事だと思います」
とても人間の声とは思えない耳に残る甲高い声で話す向かいの人物は一枚の写真をテーブルの前に置いた。
写真には瓜二つの少女二人が笑顔で写っていた。
二人共長い金髪で青い瞳をしている。
「この少女のどちらかを私に連れてきてください」
大男の額に筋が浮かんだ。
「てめえ、俺に喧嘩売ってんのか」
向かいの人物からの簡単な誘拐の依頼に怒りを覚える大男は呑んでいる酒のグラスをテーブルに叩きつける。
「いえ。決してあなたを軽視して依頼したわけではございません。この子達は神聖術や魔術を使えます。なので隙があれば逃げられてしまいます。なので——」
向かいの人物は紫色の宝石が装飾された銀色のブレスレットを大男の前に見せる。
「これは?」
「——この魔法具は身に付けた人の魔力や神聖力に呼応して神聖術や魔術を封じ込める物です。この子達のどちらかを攫った時にすぐ身に付けさせることをお勧めします」
向かいの人物はテーブルに銀色の魔法具を置いた。
その魔法具を大男は手に取る。
「依頼料はいつもと同じですのでご心配せず。私に少女のどちらかを渡すまで殺す以外は何をしていいので、攫ってから好きにしてもいいですよ」
「俺にはメスガキに欲情する趣味はない」
「貴方のお仲間にはこのくらいの少女を嗜虐する趣味を持っている者がいると聞いていたのですが?」
「何で知ってる。俺達はあんたと仕事以外は話したことはないはずだが」
大男は向かいの人物を睨みつける。
「怒らないでください。私は情報収集が趣味でして、色々と調べるのが好きなんですよ」
向かいの人物は含みを持った喋り口調で大男に説明する。
その様子に大男は苛立ちを隠すためテーブルのグラスを手に取り酒を呑む。
酒を呑み干した大男は写真と魔法具を革袋に詰めて衣服のポケットに入れる。
「ところで、何で双子の小娘のどちらかを攫う必要がある?」
「どういうことですか?」
大男の質問を向かいの人物は質問で返す。
「わざわざ片方だけなんてまどろっこしい事しないで両方とも攫えば良いって話だ」
「簡単な話です。神聖術や魔術を封じる魔法具が一つしかないからです」
向かいの人物が大男の単刀直入の問いに事実を伝える。
「双子の少女のどちらかは神聖術の才能に恵まれた逸材です。もしどちらも攫うとなると封印の魔法具は二つ必要です。ただでさえ見た目が瓜二つの少女達です。隙を突かれれば貴方達が返り討ちに遭うかもしれません。それでは意味がない」
向かいの人物は大男の身を案じる事を言っているが、自力では依頼を達成できないと間接的に言っている。
その事に気づかない大男ではない。
大男は手に持っていたグラスを床に投げつけた。
グラスは粉々に砕け散った。
盛大な音がしたにもかかわらず周りにいた客はこちらの様子に気づいてない。
おそらくどちらかが人除けの結界を張っているのだろう。
「俺達が失敗するとでも言いたいのか。あぁっ!」
大男は向かいの人物を威圧する。
「そんなことないですよ。念には念を入れてってやつですよ。私はこの依頼を必ず成功させてもらいたいのですよ」
大男の威圧に気圧されず向かいの人物は調子のいい様子で返答する。
「なので目的地まで必ず連れて来てください」
向かいの人物は大男に返答した後、その場にいないはずのノクトに顔を合わせた。
その一瞬ぼやけていた向かいの人物の顔が霞が消えていくようにはっきりと見えた。
とても人間とは思えない異形の風貌をした顔がノクトに笑いかけていた。
お疲れ様です。
tawashiと申す者です・
二話連続投稿の二話目です。
明日も投稿しますので読んで頂けると幸いです。