第59話
ダンジョンに入ってどれくらいの時間が経ったのだろう。
体感とこのフロアの太陽の傾き具合からみると、6時間弱といったところだろうか。いや、そもそも第1層の世界の1日の長さが、地球と同じ24時間とは限らない。日の出から日の入りまでの時間を計ったわけではないので、8時間が経過しているかも知れないし、5時間しか経過していないのかも知れない。
バッタ類の魔物が多く現れたこともあり、歩いた距離は恐らく20キロ程度しかないのだが、こうも時間が経ってしまうといろいろな感覚が狂ってくる。
これは普段、1日が24時間というのに慣れてしまっているからだろう。
ヌマベワームはあれから5回ほど接敵し、すべてマイクロウェーブを唱えて倒している。
地面に音波をぶつけて地中の魔物を索敵したところ、当たり前のように出てきたのでサクサクと倒した感じだ。
もちろん、他の魔物も現れる。
いま戦っているのはトゲモグラという魔物。
いきなり地中から飛び出すと後ろを向いてトゲを飛ばしてきたので、さすがに驚いた。こいつもなかなか大きな魔物で、体長が1メートルほどある。飛んでくるトゲの長さは10センチ程度はあるだろう。いったいどうすれば体毛を飛ばせるようになるんだろうと不思議で仕方がないが、穴を掘って生きる生物は背後への警戒が重要だ。それでこんな進化をしたのなら、納得できないでもない。
ただ、困ったのは尻を向けられているので頭部へのマイクロウェーブを飛ばせないことなんだが……。
腰から抜いた短剣を静かに頚椎のあたりに突き刺す。
ずっと尻を向けてるんだから、刺すよね?
地中で引きこもって暮らしているとはいえ、穴を掘って進む力があるんだからそれなりに筋肉質な魔物なのだが、豆腐に何かを刺すかのように一切の抵抗なく刃が入っていく。
「ほんと、すごいな……」
『なに、すごい?』
「ミミルに貰った短剣だよ。すごい切れ味だ」
顔を僅かに赤らめたミミルに胸をポカリと殴られた。
解せぬ……。
トゲモグラのドロップ品――トゲを1本、琥珀色の魔石を1つを拾うと、またミミルを先頭に沼の周りを歩く。
数時間もずっと歩いているのだが、今日は第2層まで行くという話だったはず。
その割にはルートの設定が不自然な気がする。
このダンジョンの管理者であるミミルがルートがわからないということはないと思う。思うのだが不安になってくるんだ。
「ミミル、第2層への出口に向かってるんだよな?」
『ん、むかう』
「なんか、ぐるりと回り込んだりして遠回りしてないか?」
『……わたし、かんがえ』
何か理由や目的があってのこと――ということなら仕方がない。
早くそれを済ませて第2層へと入りたい。
そして、途中で出てくる魔物――前脚の爪が発達したクマガエルという魔物や、アカツノガメという硬い甲羅を背負った魔物を倒しながら進むこと1時間。ようやく沼の反対側へとやってきた。
眼前に広がるのはまた草原だ。
ただ、大きな違いがひとつある。
「あの人工的な広場はなんだ?」
200メートルくらい先にあるのは、すり鉢状になった石造りの穴。
明らかに何かの施設――例えば闘技場のような……。
『しゅごしゃ、たたかう』
俺は思わず歩を止める。
嫌な予感はしていたのだが、見事に的中したようだ。
守護者とはどのような魔物なのか?
俺の実力で倒すことができる相手なのか?
そんなことを考えてしまうと、心の中を不安という靄が支配していく。
『しんぱい?』
視線をその闘技場らしき場所に向けていると、ミミルがすぐそばに戻っていて、俺の顔を下から見上げていた。
確かに心配ではあるが、ミミルがいれば大丈夫だ。
「いや、大丈夫だ」
そうだ、ミミルほど頼もしいパートナーはいない。何せ、管理者様なんだからな。
『しょーへい、ふつう、ちがう。だいじょうぶ』
「――ん?」
ぽふんと尻を叩かれた。
普通じゃない?
褒められたのか?
それとも、貶されたのか?
なんだか腑に落ちないまま2人でその闘技場へと向かうが、その途中にも魔物は襲ってくる。草原のそこらじゅうに穴が開いていて、そこからカピバラぐらいの体格があるネズミが飛び出し、俺とミミルに襲いかかってくる。
「数が多いな……」
『ん、おおい』
ざっと見ても周囲に20匹くらい、その外側にいるのも合わせると50匹はいるだろう。
先ほどから両手に短剣を持って、飛びかかってくるカピバラ大のネズミを蹴り、首を切り裂き、マイクロウェーブで脳を焼いて倒しているが、減っている気がしない。
よく見ると、次から次へと穴から出て湧いてくる。
『アナコネズミ、かみつき、とびつき、たいあたり』
いまの俺ならこの程度の大きさのネズミから体当たりを食らっても余裕で立っていられるが、普通なら骨折してもおかしくない大きさだ。
とにかく、少しずつでも前に進み、守護者と対峙しなきゃな――。






