第8話
ミミルが浴室に入った頃を見計らい、自室から持ってきた黒いTシャツを1枚、広げた状態で置いておいた。
特に話はしていないが、風呂上がりに着る服まで洗濯してしまっていると困るだろう。
外は既に日が沈んで、夜の帳が降りてきている。
時刻は19時前といったところだろうか。
店から出て歩く道で考える。
まぁ、「少女」ではないよな。
自称128歳。見た目は小学生。
元少女というのもなんか違う。ロリババアとも違うよな。ババアというより婆さんだ。
人類からすればもう「長老」でもいいくらいだからな……。
いざ、買い物に出かけて気がついたのだが、もしミミルがエルフと呼ばれる種族なのだとしたら、伝説のように野菜や果物しか食べないかも知れない。
つまり、弁当ではご飯と漬物くらいしか食べるものがないということだ。
幸いにも近くにデパートがあるので、豆腐や湯葉を使った料理や、胡麻和え、白和えのようなお惣菜……一部では「おばんざい」と呼ばれるものをいくつか買った。
もちろん、それだけでは俺の腹は満たされないので、メインになる料理も買っている。
1時間ほどかけて買い物を済ませ、店に帰ってきた。
だが、店内や2階にはミミルの気配がない。
風呂場の窓から明るい光が漏れているので、まだ入浴中なのだろう。
女性は長風呂が好きだから、1時間くらい入っていても不思議ではないらしいが、居眠りして溺れたりしているか心配になってくる。
だが、覗くわけにはいかない。
まぁ、庭にできた穴の中がダンジョンだというのなら、何日もかけて攻略したのだろうし、その間は風呂など入れないのだろう。
やはりゆっくりさせてやろう。
その後、20分ほどしてミミルが風呂から出てきた。
入る前にはなかった黒のTシャツを見て俺が用意したことを察知したのか、ちゃんと着込んでくれている。
とはいえ、小学5年生くらいの体格に俺のTシャツはかなり大きく、膝上ほどまで覆ってしまっている。もう、ほぼワンピースだ。
『ふく、きた。ふろ、ありがとう。』
「おう、かなり大きいだろうが、似合ってるぞ」
お世辞ではない。
透き通るような白い肌は、湯上りで上気していてほんのりと赤いが、濡れた銀色の髪が黒地のTシャツによく映えている。
下着とかどうしているのか気になるが、たぶん大丈夫だろう……大丈夫なはずだと信じよう。
まぁ、見た目小学生な128歳の下着や裸を見たところでどうってことはないのだが、相手の方が気にするよな。
それよりもまだ髪が濡れたままだ。一応、拭いてはいるようだが、乾かしておくほうがいい。
俺はミミルをまた脱衣場にある洗面台のところまで連れていくと、そこでドライヤーの使い方を教えてやった。
彼女は初めて見るドライヤーに最初は目を白黒させていたが、少し手伝ってあげると使い方が理解できたようで、上手に扱っていた。
ついでに隣にあるトイレの使い方も教えておいた。こちらもひどく驚いたようだったが、外国人も似たような反応をするので、気にしないことにした。
「今から晩めしなんだが、どうする?」
ミミルは目を大きく瞠ると、そこからパッと笑顔を咲かせる。
だが、すぐに元に戻ってしまった。
何か思うところがあるのだろうか?
『……たべる、ない』
食べたくない……または、食べられない事情があるのかも知れないな。
俺ひとりで食べるのは少し気が引けるが、まだ話の途中なので食べながら話を聞くことにしよう。
「ダンジョンのことを詳しく聞きたいんだが、食べながらでもいいか?」
『……いい』
なんか元気がないが、とりあえず二階へ上がり、俺の部屋で話を聞くことにした。
厨房の冷蔵庫を開けてまた缶ビールを手に取る。
ミミルは銀色の塊のような扉の中にある冷たい空間を見てまた目を瞠っているが、もう気にしていられない。
恐らく、彼女も紅茶なら飲むだろうとペットボトルに入った無糖の紅茶をひとつ、蓋を開けてから渡して、店の入口へと向かった。
店の入口を入ったところにある木の扉を開くと、「隠し階段」が現れる。
元々の階段はとても急だった。
ほとんど梯子に近い階段だったので、リフォームする際に緩やかになるように変更し、手すりもつけてある。
彼女が落ちるようなことはないだろう。
先導して2階に到着し、正面の扉が俺の部屋。廊下を通って反対側に扉があるもう1つの部屋は事務所になっている。今のところは、パソコン2台とプリンタ、本棚があるくらいだ。
部屋に入ってミミルにソファーを勧める。ゴロリと寝ることができる、L字型のタイプのソファーだ。
部屋の中はとても殺風景。
ウォークインクローゼットがあるので、他には本棚とベッド、ソファーがあるくらいだし、テレビも置いていないせいだと思う。
最初はオドオドとしていたミミルも、だんだんと落ち着いてきたのか、俺がキャップを開けたペットボトルの紅茶をグビッと飲んではホゥと息を吐き、不思議そうにそのボトルを眺めていた。