ミミル視点 第43話（上）
ミミル視点によるダンジョン内の説明回です。
食事を終えて、ダンジョンの第１９層へとやってきた。
ここは、このダンジョンの中で最も地上との時間差が大きい。
チキュウの１時間が、第２層の１時間に相当するとしょーへいは言っていたが、この第１９層では１４時間に相当するはずだ。
これだけ時間の余裕が生まれるなら、しょーへいの服を作るのも時間はかかるまい。
それを考慮してベントウをたくさん頼んでおいたのだ。
空間収納の中には充分なベントウや食料が入っている。安心してこの第１９層で採集と作業ができる。
まずは、墨染草の採集。
ちょうど、この第１９層で自生する草で、その名のとおり糸や皮を黒く染めるのに用いる。だが、この第１９層はとても広い。墨染草の自生地までは、第１９層入口から徒歩で３日はかかる。もちろん、その間に遭遇する魔物を倒す時間を含めた時間だ。
普段、しょーへいとダンジョンに入るときは徒歩で移動しているが、私だけであれば移動は簡単。
「――フロエ」
背中に魔力でできた白い翼が広がる。私の身長の３倍はある翼幅を生かし、ゆったりと羽ばたかせると瞬時に数十メートルの高度まで身体が浮かび上がる。
魔法とは想像し、創造するもの。
イメージが固まれば、名前をつけて固定化することができる。
この〝フロエ〟は古代エルムヘイム語で「飛翔」を意味する言葉だ。実際に高く舞い上がり、走るよりも何倍も速く移動できる。もちろん、飛行型の魔物もいるので安全ではないが、接敵しない限りは数十キロの距離を短時間で移動できる。
眼下には広闊とした草原。
ぽつりぽつりと塊のように小さな森がある程度。
上空から見ればどこにどんな魔物が縄張りを築いているかがよくわかる。
第１層の草原では守護者を除き、ソウゲンオオカミやアナネズミなど大きくても２メートルもない魔物しかいない。
第２層になれば更に大きなものがいるが、主に草食系。大きさは体高で３メートルを超えるものが数種類といった程度だ。草食系の魔物は体当たりや頭突きなど直線的で単調な攻撃が多く、大した脅威にはならない。一応、肉食系の魔物もいるが、第２層の肉食系の魔物は靭やかな筋肉をしていて敏捷性が高い。そして、動きは恐ろしく早く、空中での姿勢制御も上手い。
だが、この１９層の魔物は肉食系で獰猛。一部は体高５メートル、体長８メートルもある２足歩行の肉食爬虫類や、群れを作る狡猾な肉食爬虫類などもいて危険極まりない。幸いなのは墨染草の自生地が草食系の魔物しかいないことだろう。その草食系の魔物も体長が数十メートルもあるのだが……。
その草食系魔物が縄張りにしているのは、直径１０キロメートルはある丸い湖。
上空から見えるのは一面の緑と、巨大な魔物が闊歩する広大な湖。そこに、生える植物もとても大きい。
困ったことに、墨染草は背が低く、この草原を埋め尽くす大きな植物の下草のように地面を覆っている。魔物が大きいので周囲の安全が確認できるので問題ないが、湖畔に下りて探すしかない。
ゆっくりと速度を落としつつ、湖畔にある露地へと着地する。
生えているのは私の身長を軽く超えるほど育った草。それが壁のように眼前を覆っている。この草が何かの役に立つならよいのだが、ただの雑草だ。食べることもできず、薬にもならない。切ればそのまま魔素に戻ってしまう。
面倒になって全部を刈り取ってしまうと、見通しが良くなることだろう――だが、それは魔物の前に自分の姿を晒すことと同じ。せっかく、この草が魔物から私を守ってくれるのだから、上手く使って墨染草を集めてしまいたい。
背の高い雑草を掴んで掻き分けながら草原へと足を入れる。
中にはトゲや鋭利な葉を持つ草もあり、ナイフで切り飛ばし、道をつくるようにして前へと進む。
ほどなく、背の高い草の下に枯れたような葉色をした草が地面を埋め尽くしているのが見える。
これが墨染草。
乾燥させれば葉色は黒くなり、粉にして水に溶かすことで染料として使用できる。二度染めすることで黒く染めることができる。また、たっぷりと魔素を蓄えた葉を使うことで、魔法効果を付与できる素材を作ることができる。
墨染草だけを刈りたいところだが、雑草が邪魔で魔法を使うことができない。雑草を傷つけて汁が付着すると、なぜか墨染草が赤くなってしまう。それでは、あとで黒く染めることができなくなるのだ。
まあ、赤に染めたいものもあるので、必要な量を刈り取ったら遠慮なく魔法で刈り取ってしまうことにしよう。
それまでは……残念ながら手作業だ。
草を刈り取るときに手に伝わる感触、耳に聞こえる音は実に心地いい。
刈った側から墨染草を空間収納へと仕舞っていくのだが、ずっと前屈みになったままでの作業はやはり疲れる。数分作業をしただけで、腰が痛い。
量としては十分確保できているが、今後もまた黒に染めないといけない時があるはずだ。この倍くらいは集めておくことにしよう――。
次回投稿は 10月25日 12:00 を予定しています。
