第42話
業者の対応を済ませ、少し時間が空いたので自室に戻ったところミミルの姿がない。玄関にミミルのサンダルがないところを見ると、2階にはいないということだ。
ダンジョンに入ると言っていたので、俺の知らない間に階段を下りて、そのまま通り庭からダンジョンへと向かったのだろう。
テーブルに目を向けると、昨夜寝る前に2人で見ていた図鑑が置いてある。パラパラとページを捲ってみると、すべての漢字には振り仮名がついていた。
ひらがなとカタカナを教えれば、ミミルがひとりで読めるようになるかもしれないな。
そう思うと、スマホを取り出し、「五十音表」でインターネットを検索する。
幼児用の教材として印刷できるものがあると思ったのだが、思いの外素晴らしいサイトを発見してしまった。
五十音表に加え、濁音や半濁音、拗音まで掲載されており、しかも発音までしてくれる。
俺のスマホをミミルに渡してしまうといろいろと困ったことになるが、明日到着する大画面ディスプレイとストリーミングデバイスがあれば独りで覚えられるだろう。
実際に書けるようになるためにはノートにでも書き写す練習をしてもらうか、学習ドリルでも買ってくることにしよう。
開店準備が佳境を迎えれば、俺はほとんどそちらに手を取られることになる。店の営業時間中に自主的に学習してもらえるのであれば、それに越したことはない。
なにか機械任せになっているような気がしないでもないが、そもそも図鑑は名詞の集まりであって、動詞や形容詞などは対象外。
幼い子どもが日常生活の中で学んで覚える動詞などはやはり意識して教えていかなければならない。
明日、ディスプレイとストリーミングデバイスが届いたらしっかりと使い方を教えていくことにしよう。
あと、アニメばかり見ることはないようにしないといけないな。
◇◆◇
とりあえず、今日の昼めしはラーメンの出前を頼もうと思っていたのだが、ミミルを待つ間に麺が伸びてしまっては困る。
ダンジョンまで様子を見に行くとしよう。
奥庭の階段を下りて、転移石のあるダンジョン入口部屋に入る。
無駄に広い部屋だな……。
いつもならミミルと2人で転移石まで一直線に向かうので気が付かなかったが、ただ転移石を設置する場所としてはやけに広い。なぜこんなに広く作られているのか――ミミルに訊いてみる必要がありそうだ。
目を閉じて転移石に触れると、瞼に白い光と足元に浮遊感を感じ、ダンジョン第一層への入口部屋へ転移した。
目を開くと、地面にぺたんと座り、何かの道具に昨日集めた棉の実を入れているミミルの姿があった。
ミミルが使っているのは、棉の実を入れると種を取ってくれる機械のようだ。いや、魔道具と呼ぶのが正しいのだろう。
ぽんぽんと棉の実を入れると、その穴の横からゴミや種がポンポンと飛び出し、魔道具の下から圧縮された綿が押し出されてくる仕組みのようだ。
使っているのは昨日取り込んだばかりの棉の実のはずなので、箱の中に入れると乾燥させる機能までついているのだろう。
ここに10時間いても、俺の店に戻ったときには2時間しか過ぎていないのだ。作業場所にここを選ぶとは、さすがはミミルである。
ミミルは背中を向けているし、作業にもとても集中しているようだ。俺がここに現れても気が付かない。
「ミミル」
『――ん?』
「昼めしの時間だ。一度、店に戻らないか?」
ミミルは俺の方を見上げてコクリと頷くと、魔道具らしき機械が動いている状態でそのまま立ち上がり、空間収納へと仕舞った。
ミミルの空間収納は時間停止機能がある。動いた状態のものを仕舞えば、取り出したときにまた動き出すのだろう。
◇◆◇
店に戻ると、既にピザ窯の職人たちは食事に出ていた。
俺たち2人も食事に出ていいが、鍵をかけてしまうと戻った職人たちが入れなくなってしまう。
仕方がないのでまたデリバリーサービスを使って昼食をとることにした。
ミミルはこのあともダンジョンに入って作業をしたいようで、追加で2回分の食事を頼んで欲しいらしく、普通の弁当屋にオーダーすることにした。
数十分で届いた弁当を食べながらミミルに話を聞く。
「なぁ、ミミル……どうして地下の空間はあんなに広いんだ?」
『いま、いう、ない』
なにか言えない理由があるのだろうか?
ただ、無理に聞き出そうとしても、難しい歴史や政治的背景とか説明が始まるとまた数時間かかりそうだ。
「そうか、話せるときが来たら教えてくれるか?」
『ん、やくそく』
ミミルは小指を立てて見せた。
以前も同じことをしていたが、これが彼女の世界での「ゆびきり」みたいなものなんだろう。
食事を終えると、ミミルは弁当とペットボトルのお茶持参でまたダンジョンへと向かっていった。
棉の実の種を取っていたところを見ると、新しい服でも作るのだろう。これまでにツノウサギの皮やソウゲンオオカミの皮も多く手に入れているから、革も使ってなにか作るのかもしれないな。
出来上がったら是非見せてもらおう――。






