第38話
ほぼ一直線にダンジョン入口に向かい、ミミルは進んでいるようだ。
「なぁ、ミミル……どうやって入口に向かって戻ってるんだ?」
『かぜ、むき、わかる。いりぐち、かぜ、ふく』
隣を歩くミミルはすぐに俺を見上げて答えてくれる。
でも駄目だ。入口から吹くのか、入口に向かって吹くのかがわからない。
でも、草原にいれば草の動きを見ればわかる。確かに、風に揺れる草原の葉はいま俺たちが向かっている方向に吹いている。
「なるほどなぁ……」
とてもわかりやすい。
ただ、これは草原だからであって、荒野だとどうだろう?
西部劇なんかで見かける、枯れ草が舞うのを見れば判るのかも知れないな。砂漠なら風紋の方向ということになるのだろう。
まぁ、いざというときは指を舐めて、乾く方から吹いてるってことで判るよな。
『もり、わかる、むずかしい』
確かに、下草が刈られていない森だと、風を感じるにも下草が邪魔でわかりにくそうだ。それに、木が多く生えていると風も遮られるだろうな。
あと、溶岩ゾーンとかあったら熱風が吹き込んできてたいへんだろうな。ないといいけど……。
『ダンジョン、こばむ。つね、ぎゃくふう』
「うまいこというなぁ」
入口に向かっていつも風が吹いているなら、出口に向かう者にとっては常に向かい風。
ダンジョンが拒んでいるように感じるのも仕方がない。
進路上にいたスライムを倒して、ゼリーと魔石を拾って歩く。
このフロアの太陽を見ると、もうすぐ地平線に接するだろう。
地球と同じように空が茜色に染まり、俺たちの影が遠くに伸びている。
入口に戻るまで、まだまだ時間がかかりそうだ。到着はこのままだと日が沈んだあとになるのは確実だな。
俺はポケットからスマホを取り出す。
時計の時間は午前四時三七分。もう八時間以上、ダンジョンに潜っていることになる。
スマホの時計機能は内部に内蔵されている時計機能で動いているから、圏外の場所でも地球の理でそのまま進む。入口から出て電波が入るようになると自動的に日本標準時に合わせて表示が変わるはずだ。
ダンジョンに入った時間が午後七時五〇分なので、圏外のときに示す時間と、圏内になって修正された時間の差を見れば、第一層の草原フロアの時間の流れがわかるだろう。
ところで、日没後の明かりはどうするのだろう?
音波探知があるので日が沈んでも、魔物の存在は確認できるから基本的には大きな問題はない。それに、赤外線を可視化すれば俺は夜中でも問題なく行動できるだろう。
念の為、太陽と逆の方向に目を向ける。
そこには地球上における月のようなものが浮かんでいた。
恐らく、充分な月明かりが得られるだろう。衛星は一つとは限らないが、一つあることを確認できただけで充分だ。
◇◆◇
やがて夜の帳が下りてくると、風は少しずつひんやりと冷たくなってくる。
長袖のTシャツ一枚という服装では気温の変化に対応するのが難しそうだ。防刃素材でできた上着を買ってもいいかも知れない。
途中にあった小川は既に越えているので、入口まであと一時間といったところだろうか。
既に合計で六時間くらいは歩いていると思うのだが、そんなに疲れない。さっき時計を見たときの時間を考えると、既に眠くなっていてもおかしくないのだが、そうでもないんだ。
「これだけ歩いても疲れないもんなんだな」
不思議に思って、つい呟いてしまった。
ダンジョンに入っていることで高揚感みたいなものがあるからだろうか?
『まそ、こい。つかれ、すくない』
ダンジョンの中は魔素が濃いから疲れにくいと……なるほど。
理屈はよくわからないが、そういうことなんだろう。
だが、地球上とダンジョンをあわせて二〇時間くらい起きたままなのにそんなに眠くならないのは、ダンジョン内にいることによる高揚感や緊張感なんかもあるのかも知れないな。
『しょーへい、チン、また、せつめい』
「あぁーそうだな。難しいからな……」
休憩した時に電磁波をつかった攻撃のことを説明したが、そもそも原子、電子、陽子という物質を細分化した知識というものがミミルにはなかったので、そこから説明したんだが――ミミルは頭から煙がでるんじゃないかと思うほど難しそうな顔をして結局理解できなかったんだよな。
もう少し説明しやすい何かがあればいいんだが……。
「物質を構成する単位に、分子というのがある。水分子に電磁波というものを当てると……」
『むずかしい。ぶんし、なに?』
「やっぱり、帰ってからにしよう。それに、俺も少し調べ直したい」
ミミルがいた世界は地球から見ると文明的に遅れているから、原子や分子の説明は必須になるだろう。
どうすれば効率よく、電磁波での攻撃ができるか調べるうえでも、ミミルに説明することは役に立つはずだ。
『ん、わかった。わすれる、ない、いい?』
「うん、だいじょうぶだ」
電磁波が到達する速度は光と同じだから、ミミルの魔力打ち出しより速いはずだ。
ミミルの負担を減らすためにも改善点を見つけよう。






