第6話
ミミルは静かに頷いた。
肯定は同じ動きなんだな。否定する場合は左右に頭を振るのも同じなんだろうか?
そんなことよりも、ダンジョン……そっちの方が気になる。
俺が知るダンジョンといえば、RPGの世界に出てくる洞窟みたいなところで、怪物がいっぱい出てきて退治するところ。その中で怪物が増えすぎると暴走……スタンピードが発生する非常に危険な場所というイメージがある。
そんなことを考えていると、ミミルは自分が掘った穴を指して言った。
『“ダンジョン”……でぐち』
出口?
出口ってことは、入口があるよな?
あ、その入口がミミルのいた異世界にあるのか。
じゃあ、どうして出口は元いた世界じゃなくて、こっちにできたんだ?
ゲームやファンタジー小説なんかを見ると、ダンジョンの出口ってダンジョンボスを倒したところに転送用の魔法陣ができたり、転送用のゲートや石なんかがでるんじゃないのか?
で、ボスを倒したら入口のところに飛ばされる感じだよな。
「なんでここに出口ができたんだ?」
まぁ、俺が考えるよりも彼女に教えてもらえば早いよな。
『はなし、ながい、いい?』
ああ、確かに話が長くなるだろうな。
言葉もこの調子だし、俺の言葉もミミルには断片的な名詞と動詞の羅列みたいになっているんだろう。じっくり話を聞かせてもらわないと理解できないかも知れない。
よし、とりあえず完全に異世界人であるということを信じるかどうかは別。
いったんは、建物の中に入って話をしよう。
ジェスチャーも空中に何かの絵を描いてするだけだと、実体がないからな。紙とペンがあれば、彼女ももう少し説明しやすいかも知れない。
それに、もうすぐ日没の時間だ。この街は東西と北側は山で囲まれていて暗くなるのも早いんだ。
「じゃあ、中に入って話を聞かせてもらおうか。でも――」
彼女の服装を確認すると、ガツガツとツルハシをつかって地中を掘ったせいで土埃を被っている。白いローブにもあちこち泥がついているし、店の中に入って話をするにも汚れは落としてもらいたいな。
まあ、幸いにも風呂場はすぐ近くだ。
既に改装工事も終わっていて、一昨日くらいから使用できるようになっている。
「キミは土埃だらけだ……シャワーでも浴びて汚れを落としてから話をしよう」
『シャワー?』
「ここに風呂がある。土埃を落とすためにも、洗い流してほしいんだが……どうかな?」
『いつか、ふろない。ふろ、うれしい!』
ミミルはパッと花を咲かせたような笑顔を見せると、ひらりと身を翻して穴の中に飛び込んだ。
「あ、おい!」
慌てて声を掛けたが遅かった。
荷物でも中にあるのだろうか?
いまの話だと、5日間も風呂に入っていなかったんだな。
そうなれば、風呂に入れるのが嬉しいのもよくわかる。最初はシャワー程度で済ませてもらうつもりだったが、これは風呂を沸かしたほうがよさそうだ。
俺は店の扉を開けて建物に入ると、トイレの横にある扉を開けて風呂場に入り、浴槽に栓をして「お湯はり」ボタンを押した。
昨日、風呂を出るときに浴槽などはしっかりと洗ってある。
職業柄、使い終わったら洗うという習慣がついているので、仕方がない。
相変わらず「お湯はり」ボタンを押した時にでてくるのは無機質な合成音声だが、それが耳から聞こえてくるというのはとてもありがたい気がする。
どうも、他人が脳内に直接話しかけてくる感じは慣れない。思考まで覗かれているような気がするからだろうな。
庭に戻ると、そこにはミミルが立って待っていた。
戻ってきたら俺がいなくて焦ったかも知れないが、それは彼女が急に穴に飛び降りてしまったことと相殺だな。
俺もあのときは驚いた。
『せんたく、いい?』
洗濯か――本当にダンジョンに潜っていたのなら、数日分くらいあるんだろう。
128歳とはいえ、さすがに下着なんかはよく着替えるだろうし、服も汚れたことだろう。
洗濯機もちゃんと脱衣場においてあるので、使ってもらって問題ない。
「いいぞ。使い方わかるか?」
ミミルはまた不思議そうに俺を見上げる。
何か話すたびに、互いに名詞と動詞くらいしか伝わっていないので表情などから読み取ろうとしているのだろうか?
『せんたく、ふろ、なか。ちがう?』
ミミルは布を手でゴシゴシと揉むような動作をして見せる。
ああ、手洗いしたいのか? それとも、洗濯機を知らないのか?
「手で洗うのか?」
『て、あらう……』
ミミルの表情がなんとなく怪訝な雰囲気に変わった。
『ほか、ない。て、あらう』
あれ?
彼女がいた世界には洗濯機はないのかな?