第533話
レセプション開始の10分前くらいから招待客が集まってきた。
店の前が少しザワザワとしているのは、招待客の半分くらいがこの店をつくるのに関係した業者の人たち、残り半分くらいが取引業者だからだろう。同業者は藤田と秦さんくらいのものだ。
営業開始前とはいえ、フロア経験のないアルバイト2人では辛かろうと、裏田君の妻、千尋さんも応援に普段務める店を休んで駆けつけてくれた。ありがたいことに、子どもを連れて来てくれたのでミミルを任せることができた。
ミミルは精神的には大人に近い――とはいえ中学生レベルだと思うが、2人の子どもたちをリードするような感じで2階の部屋で遊んでいてくれた。たぶん、アニメの配信を見ているのだろう。
レセプションの開始時間になって扉を開き、1人ひとりに挨拶をして中にご案内する。
ナイトクラブやラウンジを持つママさんがレストランを始めるときとは違い、案内をするのが俺だから華がない。
司会進行は田中君にお願いしていた。司会進行といっても何かコメントをすることもなく、自己紹介と最初の祝辞を述べる人を紹介し、次に挨拶と乾杯の音頭を上げる人を紹介する。あとはパーティの終了前に俺が挨拶して終了するだけの簡単なものだ。
「そ、それではお時間となりましたので南欧バル『羅甸』のレセプションパーティを開始させていただきます。司会は社員の田中が行わせていただきます。最初に開催にあたって店主よりご挨拶させていただきます」
ガチガチに緊張しているのか、手元の紙を見て読み上げるのにいっぱいいっぱいという感じだ。
斯く言う俺も最初に挨拶に立ったのだが、緊張して何を言ったか覚えていない。
祝辞は内装工事会社の社長にお願いした。
千尋さんは慣れているのか、人数分のシャンパンを入れたグラスを用意して岡田君、本宮君が配って歩く。マーレ商事の支店長が続いて乾杯の挨拶をしている間に、30人弱の招待客に対してグラスが行き渡っていった。
「――と、南欧バル『羅甸』の成功と更なる発展を祈念して、乾杯!」
音頭に合わせて皆の「乾杯!!」という声が店内に響いた。
俺の店をつくるのに尽力してくれた人たちや、これから自分の店のパートナーとなる取引先の人たちが自分の店で酒を飲み、会話を楽しんでくれている。
そう思うと胸が熱くなった。
とはいえ、ホストとして黙って見ているわけにもいかず、すべての招待客に声を掛け、話をしなければならない。まずは、最初の挨拶をお願いした内装工事会社の社長、続いてマーレ商事の支店長の順で声を掛けていった。
乾杯と同時に大皿に盛った3種のブルスケッタや、大皿に盛ったカプレーゼ、生ハムとニョコフリットの盛り合わせ、鰯のベッカフィーコ等がテーブルに運ばれていく。
来客者には皿とフォークを配り、自由に皿に取って食べてもらえるビュッフェスタイルを採用した。
中盤に差し掛かったところで、俺自身が厨房に入り腕を振るう。
といっても、ナポリ仕込みのピッツァを焼くだけだ。
残念ながら客席から厨房のピザ窯を見ることはできないので、焼きあがったピッツァを次々と運んで行ってもらう。マルゲリータ、クワトロフォルマッジをまずは2枚ずつ。
どちらもピッツェリアでは一般的な料理なので皆も食べ慣れている感じですぐになくなっていく。続けて4枚づつ焼き上げたところで手が止まったようだ。さすがに18時から立ったまま飲んで食べてしたあとにピッツァが出てきても食べるのが辛いだろう。
レセプションはそこまで格式ばったパーティではないので、当たり前のように遅れてくる人たちがいる。
うちのベランダに梯子をつけてくれた林さん、マーレ商事の清水さんも遅れてやってきた。ギリギリまで仕事をしたあとに来てくれているのだから仕様がない。
「おばんどす、えらい遅おなってしもて、すんまへんなあ」
舞妓ちゃんとは違い、殺気のようなものが籠った声が背後に聞こえた。
振り返ると、そこには店で働いていたときの着物姿で立つ秦さんがいた。
「こんばんは、わざわざお越し下さっただけでも嬉しいですよ。ありがとうございます。どうぞこちらへ」
俺はできるだけ嫌味のない言葉になるように言葉を選び、頭を下げると秦さんを椅子のあるテーブルまで案内した。
「ミミルちゃんはおらへんのか?」
「すぐ呼んできます。飲み物は?」
「レーコーでお願いします」
すぐ近くで耳を立てていた田中君がアイスコーヒーを取りに行く。
その間に俺は隠し階段へと向かい、階段途中でミミルに念話を飛ばした。
『ミミル、いま何をしてる?』
『ハルナとリクがアニメを見たいというので一緒に見ている』
『そうか、少し降りてこれるか?』
『問題ない、すぐに行く』
会話を終えて少し待っていると、ミミルがやってきた。
「なに、ようじ?」
「秦さんが来てくださって、ミミルと話をしたいそうだ」
「う、そう……」
ミミルが少し渋い表情を浮かべた。
秦さんはミミルのことを結構気に入っているようだが、ミミルは案外苦手なのだろうか。実年齢ではミミルの方が年上だし、喫茶店で会ったとき等も上手くあしらっていると思ったんだけど、実は違うのかな。
※ レーコー:アイスコーヒーのこと
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






