第525話
昼の賄いで裏田君が頑張って作ったピッツァを皆で分けて食べた。
残念ながらミミルは昨日からインターナショナルスクールに通っているということになっている。だから昼の賄いは食べさせられない。
元々俺が店に入っている間に食べるものとしてファルやキュリクス等の肉を串に刺して焼いたものを大量に渡してあるので食べ物には問題がない。
いま頃はストリーミングデバイスを使ってアニメでも見ているだろうと思う。小学生以下向けのアニメ以外も見られるので、多少お色気シーンのあるような番組もあるだろうが、ミミルは中身は128歳なので気にする必要はないと判断した。
肝心の裏田君が焼いたピッツァだが、一部が焦げている。でも、初めてにしては上出来だ。
釜の中のどこが最も熱くなるのかを知り、1本のピッツァピールを使って窯の中でうまく回転させてムラなく焼くというのはなかなか難しい。だから、生焼けを作らず、焦げない程度に、しかも耳はふっくらと焼いて、形を崩れさせないというのは慣れている俺でも失敗しそうになる。
今回はマルゲリータとマリナーラというトマトベースのものを焼いてもらったが、裏田君もまだまだ練習が必要ってことだ。
一方、田中君もピッツァピールを持ってもらったが、裏田君と比べると身長がかなり低いので、総アルミ製のピッツァピールは長すぎて、背比べをしているようにしか見えなかった。
賄いが終ったあとは、とりあえず裏田君には継続して練習してもらうことを前提に、普通の仕込みに戻った。
裏田君がトマトソースや牛ひき肉のラグーなどを煮込んでいる間、俺は午前中に下処理を済ませた鶏レバーを冷蔵庫から取り出した。
鶏レバーの調理は鍋で一気に火を入れる方法が一般的だが、その方法だとどうしてもレバーが硬くなって舌触りが悪くなる。これは、摂氏58度からタンパク質は凝固を始め、摂氏68度以上になると分水作用により水分が抜けてしまうからだ。
しかし、固まらない程度の温度で調理するとなると、今度は食中毒が心配になる。
鶏肉の食中毒といえばカンピロバクターやサルモネラ菌が有名だ。これらの細菌は中心温度を摂氏60度になるようにして数十分間加熱すれば死滅する。
食中毒の原因となるウィルスや菌類を死滅させられる程度の温度となるとタンパク質が固まるのは避けられないが、分水作用により水分が抜ける摂氏68度未満で調理することが望ましい。
俺はフリーザーパックに3枚のローリエと鶏レバーを入れ、水を張ったボウルの中に静かに沈めた。フリーザーパックの中に空気が残らないようにして真空状態にしてチャックを締めたら、低温調理器に掛けた。
鍋やフライパンではどうしても一定温度に保つというのが難しいが、低温調理器なら湯煎という方法で一定温度を保ってくれる。しかもタイマーまでついているから、仕上がればすぐわかるのも便利なところだ。
低温調理器で湯煎にかける間、微塵切りにしたタマネギをきつね色になるまで炒める。レバーの量が多いので、タマネギの量も多くてたいへんだ。
20分ほどかけて炒めたタマネギを取り出して粗熱を取っておく。
『しょーへい、そろそろ時間ではないか?』
突然、ミミルから念話が入って驚いた俺は、炒めたタマネギが入ったボウルを落としそうになった。
普通なら学校に行っているはずの時間帯、ミミルは2階かダンジョン内にいることになっている。学校への登校時間帯は8時頃なので他に誰も店内にいないが、下校時間帯は店の営業時間帯に重なるので必ず誰かがいる。そこにミミルが帰ってくると言う演出が必要になるわけだ。
ピザ窯の上にある時計を見ると、時刻は15時半をまわっていた。先ほどパートの2人が帰っていったので、確かにミミルを迎えに行くにはいい時間だ。
『うん、じゃあ車を出してくるよ』
『予定の場所に着いたら教えるように』
『了解』
念話を済ませた俺は、腰に巻いたサロンを解きながら裏田君と田中君に聞こえるように言う。
「そろそろミミルを迎えに行ってくる」
「はい、気いつけて」
「お早うおかえり」
2人からの返事を聞いて、俺は店を出る。何事もなかったかのように立体駐車場に向かい、愛車を呼び出して走り出した。
とりあえず、ミミルの学校帰りを演出するという些細なことのため、非常に面倒だが車でインターナショナルスクールのある場所まで行って、人気のない場所に車を停めた。
『ミミル、準備できたぞ』
『ふむ、ではそちらに行く』
数秒すると、ミミルが空間魔法Ⅴを使って助手席に瞬間移動してきた。
自動車の中に転移場所を指定できるが、自動車が同じ場所にないといけないらしい。
転送してきたミミルが不満そうに言う。
『全く、面倒な話だな』
『なんか、他に方法を考えるよ』
面倒なのはミミルだけではなく、俺も同じだ。とりあえず、最も簡単な対策として考えつくのが近所のワンルームマンションでも借りることだが、それだけのために数万円の家賃を払うのもどうかと俺は躊躇っていた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






