第523話
翌朝、目が覚めたら俺はダンジョンの中にいた。
ミミルもすぐ隣に簡易ベッドを置いて眠っている。
「ああ、そういえば」
昨夜は第21層の守護者を倒したお祝いとして、ミミルと酒を飲みながらネット配信されているアニメを見たりしていた。結局明け方近くまで飲み続け、赤ワイン2本とウィスキーを1本空けたのだが酔わなかった。
だが、今日は店の営業日だから全く眠らずに朝を迎えるわけにはいかない。ということで、ダンジョン第19層へと移動して寝た。
副管理者になって自由にフロア間を行き来できるようになったので、第18層の守護者を倒していなくても第19層に来ることができるのはありがたい。
第19層は巨大な爬虫類が闊歩する世界だそうで、地球の14倍の速度で時間が過ぎていく。わかりやすく言うと、第19層で7時間過ごしていても、地球では30分ほどしか経過しない計算になる。
ただ、巨大な爬虫類と聞くと恐竜を思い出して見に行きたくなる。
〈小用を済ませるなら、階段を出てすぐの草むらで済ませろ〉
〈どうしてだ?〉
〈基本的に階段を上がった先は安全地帯ではあるが、境界線が明確に引かれているわけではない。この層の魔物に興味を持って更に近くで見ようなどと思うと、他の魔物に囲まれているなんてことになりかねん〉
好奇心は猫をも殺すと言うし、気をつけろということなのだろう。
〈それに武器はいいが、装備は心許ないからな。奴らの顎は岩でもかみ砕くほどの力があるから、その格好で外に出るのは心配だ〉
〈そうか。わかったよ〉
そう言われると俺も外に出るわけにはいかなくなった。
〈じゃあ、俺は先に戻ることにするよ。田中君や裏田君が来る前に済ませたいことがあるから〉
〈了解だ。では、朝食はチキュウで……ということだな?〉
〈うん、そうしよう〉
ミミルを第19層の入口に残して、俺は地上に戻った。
着替えなどをを済ませて厨房に入った俺は、タマネギ、セロリ、ニンジンを切り、水を入れて野菜のブロードをとるところから始めた。
基本、ここに牛肉を入れれば牛肉のブロードになるし、鶏肉を入れれば鶏のブロードができる。流儀が違うこともあるが、魚介のアラを入れればフュメト・ディ・ペッシェ(Fumetto di Peche)になる。要は野菜のブロードは南欧料理のベースになるもののひとつってことだ。
煮込みを始めたあいだに、今日の賄いで使うくらいのパスタ生地、ピザ生地を作っておく。パスタ生地はある程度寝かせる必要があるし、ピザ生地は発酵が必要だからこのくらいの時間から始めるのがちょうどいい。
ひと段落ついたので、朝食を作ることにする。
まずは、鍋にムール貝を火にかけ、白ワインを入れて蒸し焼きにする。蓋が開いたらムール貝を取り出し、スープをしっかりと濾しとる。
次に叩き潰したニンニクをフライパンの中に放り込み、オリーブオイルを入れて弱火でじっくりと煮る。
ニンニクの芳醇な香りが広がってきたら、そこに空間収納から取り出して洗った手長エビ、アサリ、輪切りにした剣先イカを放り込んで炒める。手長エビが真っ赤に色づき、剣先イカの表面が白くなってきたら白ワインを入れて蓋をして蒸し焼きにする。
アサリの口が開いたら具をすべて取り出し、スープを濾しておく。
「ちょっと手間が掛かり過ぎるんだよなあ」
そのひと手間が味を良くするのだが、ミミルと俺だけが食べる分を作るには本当に手間だ。まあ、営業を始めたらあるていどまとめてできるから問題ない。
「なに、てま?」
「いや、こっちのことだ」
「いいにおい」
知らぬ間にミミルがダンジョンから出てきたようで、匂いにつられて厨房へとやってきていた。また鼻を上に向け、犬のようにクンクンと匂いを嗅いでいる。
魚介を炒め、白ワインで蒸し焼きにしたときの香りは料理している自分自身も腹が減るくらい美味そうだ。
「まだしばらく時間がかかるよ」
フライパンにオリーブオイルを引いて、そこに洗っていない米を入れて炒める。白くなってきたら、白ワインと野菜のブロード、アサリと魚介のスープやムール貝のスープを加えて米を煮込んでいく。味付けは塩だけだ。
ミミルは既にコンロの近くにまでやってきて、俺が調理している鍋の中をじっと見つめている。
「まだ?」
「うん、まだだ。まだ炊けてない」
「ん」
残念そうな顔をして俺を見上げると、また鍋へと視線を向ける。
たっぷりとブロードやスープが入った鍋はグラグラと煮えたっているだけだ。
「まだ?」
「まだだなあ。まだまだ炊けてない」
「むう」
リゾットはそんなにすぐに炊き上がるものでもないから仕方がない。
煮汁が減って、もったりとしてくる。ヘラで混ぜると米粒が潰れてしまうので、フライパンを回すようにしてかき混ぜていく。
「まだ?」
「もう少しだ」
殻から取り出しておいたムール貝、アサリ、イカなどを戻して無塩バターを加えてさっくりと混ぜ合わせ、皿に手長エビ等と共に盛り付けたら出来上がりだ。
皿に盛りつけられる料理を見るミミルの顔が綻び、満面の笑顔に変わった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






