第522話
藤田君の店を出たはいいものの、何かお祝い気分が足りない。
そう思った俺は、ミミルを連れてフライドチキンの店に立ち寄り、バケツくらいの大きさの容器に入ったセットを買った。
「フライドポテト、多め」
「じゃあ、追加するか」
ミミルも肉、肉と普段は言っているが、ジャガイモ料理が好きなように見える。ハンバーガーチェーンのモーニングについてくるハッシュドポテトも嬉しそうに食べているし、ステーキハウスで付け合わせに出てきたフライドポテトも美味そうに食べていた。トルティージャを作ったときも喜んでいたことを考えると、本人はそう認識していないかもしれないが、実は好物なのだと思う。
いや、ダンジョンの中でジャガイモに相当する食材が出てこなかった。そのせいか、エルムヘイム共通言語にジャガイモを指す言葉がない。ジャガイモはナス科の植物。茄子はもちろんのこと、トマト、唐辛子、ピーマン、パプリカなど実を食べる野菜が多い中、ジャガイモは地下茎を食べる。もしかすると、それが原因で発見されていないのかも知れない。
そういう意味では物珍しさもあるのかも知れないが、こうして追加するところを考えると、やはり好物だと思っていいと思う。
ミミルと手を繋いで三条通りを西に歩いていると、ミミルは物珍しそうに周囲の店を見ていた。朝のお参りに行くと、帰りにこの道を通ることがある。だが、だいたいどの店も閉まっている時間帯だった。営業している店を見るのは初めてというところも多いのだろう。
「ここ、まがる?」
「いや、まっすぐ行くよ。買い物があるんだ」
「ん、わかった」
普段なら左折して俺の店の方へと歩くのだが、俺はまだ祝い足りていない気分なので酒を買いに行くことにした。店の酒に手をつけることはできないし、自室の冷蔵庫に入れるビールやミミルが普段から飲める他の飲み物も用意しておきたい。
烏丸通を渡って大きな酒屋に入った。比較的遅くまで営業している店なので助かった。
「おさけ?」
「うん」
ミミルの質問に軽く返事を済ませ、続きは念話で会話する。
『せっかく第21層の守護者を倒したんだ、少しお祝いしたい気分なんだよ』
『ふむ、なるほど。では、私の分も買うのだろうな?』
『まあそうだけど、エルムヘイムの酒というとドルゥアで作る酒だろう?』
『他にもあるぞ。小人族が好きな火酒、ルマン族が好きなアエール、猫人族が好きなキウェイ酒なんかが有名だ』
『ここはチキュウ上の大抵の酒が手に入る。まずこれは必須だな』
俺は最初にマルサラ酒を手に取った。まあ、必須と言うと言いすぎかも知れないが、あると便利なポートワインだ。飲むために買うのではなく、料理用だ。ダンジョン内で料理するにしても、赤ワインだけでは味気ないので欲しいと思っていた。もちろん店にはあるが、田中君が製菓用に使うものであって、個人的に使っていいものではない。
いつもの南米産ワインやビール、洋酒に日本酒、焼酎、ソフトドリンク類などをカートにポイポイと放り込んでいく。あとは、つまみになるようなチーズや生ハム類をを入れて会計した。
ミミルが飲んだことがないような酒、食べたことがないようなチーズを組み合わせて出したらどんな顔をするだろう、と想像するだけでも楽しくなる。
すこし頬が緩んだのか、そんな俺を見たミミルがいつものように言った。
『変なやつだな』
『今日は俺も少し浮かれてるかもしれん』
『明らかに浮かれているだろう、その荷車もいっぱいではないか』
気が付くと買物用のカートが上下でいっぱいになっていた。
お会計がこれまたたいへんな額になっていたが、一瞬で飲み切るような酒でもないから、買い溜めしたと思えば問題ない。
会計を済ませると荷物が大量になってしまったが、半分くらいは空間収納に仕舞いながらレジ袋に放り込んだ。それでも缶ビールをひとケース、酒や食材が入ったレジ袋が6つくらいになってしまった。それらを普通に手に持って外に出ようとすると、自動ドアを開けてくれた店員が驚いた顔をしていた。そこまで筋肉質でもない俺が、普通に60キロくらいあるものを持って歩いていたら驚くのも仕方がない。
店を出て、車道近くに荷物を下すと、周囲を警戒しながら空間収納に荷物を仕舞っていった。一気に荷物を減らすのではなく、少しずつ減らしてしまえば目立たずに済んだ。
『チキュウのニンゲンは祝い事があると何を食べるのだ?』
『そうだな、ニホンだと『タイ』という魚を食べたり、『セキハン』というリズ料理を食べたりする。国によって違うが、スペインという国だと『パエリア』、イタリアという国だと『ヒツジ』を食べる。アメリカという国は『シチメンチョウ』という鳥を焼いて食べることが多いんじゃないかな』
『ではケーキも食べてもいいのか?』
『食べ過ぎないていどにな』
ミミルは嬉しそうに握っている俺の手をぶんぶんと振って歩きだした。
――もう、ほんまもんの親子ですやん
また裏田君の言葉が頭を過った。
見ず知らずの人からもそう思えるほどになっているといいな、と俺は思った。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






