第513話
1歩、1歩と足を前に出すたびに、円形の広場へと近づいていく。
第1層から第3層までは、闘技場のような場所で守護者と戦ってきたが、今回は宮殿からしか円形の広場の様子が見えない。
いや、これは宮殿から様子を見るための構造なのだろうか。
円形の広場に近づくにつれ、その奥に建つ宮殿の大きさに圧倒された。何枚もの楯が葺かれた屋根、無数の槍で作られた壁は北欧神話に登場したヴァルハラ宮殿そのものだった。
〈ミミル、どのダンジョンも第21層はこういう場所なのかい?〉
〈私が入ったことがあるダンジョンの最終層は同じような形をしている。多少、地形が変ったりするていどだ。円形の広場があり、その向こうに城が見えるというのは同じだ〉
〈そんなにヴァルキリーはいるものなのか?〉
〈創世神話の中に登場するヴァルキリーは石像ではない。あくまでも、ダンジョン内の中では魔物として複製されているに過ぎん〉
なるほど、と相槌を打つと、宮殿から何かが空高く飛び立った。その何かが背中の翼で羽ばたくと、猛スピードで前方にある円形広場へと降りてきた。
無表情だが丁寧に仕上げられた眉目秀麗な顔立ち。金属と皮を組み合わせた見るからに頑丈そうな鎧に身を包んでいるが、形の良い大きな胸に、無駄な脂肪を削ぎ落した腹筋、筋肉質な足腰は正に彫刻、石像ならではと言えるだろう。
両手にはハルバードと呼ばれるタイプの武器を構えた状態で、地上3メートルのあたりでホバリングしている。
「――チッ!」
ミミルが舌打ちした。
〈ヤツは空を飛べるからな。まず、しょーへいは待機しろ。私が羽を切落して地面に叩き落とす〉
〈た、待機って……〉
〈ナイフを投げれば届くだろうが、いまも見たとおりヤツの動きは速く、狙ってナイフを当てられるような敵ではない。だから地面に落とすまで待て!〉
〈ミミルではなく、俺を襲ってきたらどうすればいい?〉
〈身体強化して転げまわってでも避けろ。しょーへいの能力ならできる。わかったな?〉
〈お、おう……〉
俺の返事を聞く前にミミルは飛び出していった。円形広場へと足を踏み入れた瞬間、ミミルの背中がキラキラと輝き、白い翼が生えた。動く足を止めず、煌めく魔素を散らしながら背中の白い翼を羽ばたいて舞い上がる姿はまるで天に駆け上る天使のようだ。
「いかんいかん……」
見惚れている間に、ミミルとヴァルキリーの戦闘が始まった。
直線的な動きはヴァルキリーの方が速く、ミミルの方が小回りが効くようだ。だから、ヴァルキリーは浮いたままの状態で、周囲を飛び回るミミルを相手にするような動きをしている。
一方、ミミルはヴァルキリーの背中にある羽の付け根を狙っているのだろう、小刻みに動いては魔力の刃を放っている。
残念ながら、ヴァルキリーは鎧を纏っているし、その身体は石でできている。いくらミミルといえど、浅い傷を負わせるていどの攻撃にしかならない。
戦局を変えるには一瞬でもヴァルキリーが隙をみせればいい。それだけで、ミミルは背中側に回り込んで、ヴァルキリーの翼を根元から切落せるだろう――俺はそう思って、ミミルとヴァルキリーの戦いを見つめた。
ヴァルキリーは時に大きく斧を振るい、先端の槍部分で突いた。更には斧刃を返して、逆にある鉤爪でミミルを引っ掻けようと連続攻撃をしかけている。
ミミルは小さな身体でそれらを避け、躱し、いなしていく。
ヴァルキリーが斧を使って大きく横に薙ぎ払った。見ていると隙ができたように思うが、すぐに石突を使った突きがミミルの鳩尾辺りを狙って飛んでいる。
改めてミミルの戦闘能力というものがすごいことに気が付いた。物理職ではないし、本来は地に足をつけて戦うエルムという種族だというのに慣れない空中戦を続けている。
ヴァルキリーの動きは非常に洗練されていて、とてもダンジョンが複製した魔物とは思えない。しかも、石像だから息切れをせず、疲れを知らないのが厄介だ。
一方のミミルもまだ余裕はあるが、さすがに息が少し上がっている。
ヴァルキリーはミミルに決定的な攻撃を決められないが、それはミミルも同じ状況だ。逆に生身のミミルの体力や精神力は消耗する一方であることを考えると、ジリ貧であると言わざるを得ない。
こんなことなら、ミミルから矢をもらっておけばよかった。
第3層の守護者、トゥレアを倒した時に手に入れた弓があれば、多少は離れていてもヴァルキリーを狙えるはずだ。その1本の矢が戦局を変える可能性だってあったかも知れない。
だが、矢があったところで、石像であるヴァルキリーには蚊に刺された程度のダメージしか与えられないかもしれない。
いずれにしても、矢がないので考えるだけ無駄というものだ。でも、他の方法――大きな氷塊や岩を飛ばしてぶつけることで隙を作らせるのならできるかもしかない。
『ミミル、ヴァルキリーが俺に背中を向けるように立ち回ってくれ』
俺はいまもヴァルキリーと戦っているミミルに念話で話しかけた。
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