第510話
転移石の向こう側にある壁には神々の戦いの後についての話だった。
これは先日、ミミルから聞いていた通りの内容だった。
〈――以上だ〉
〈ありがとうな。それにしても、第1層や第2層と比べて書かれていることが多い気がするんだが、どうしてだ?〉
〈ふたつの理由がある。ひとつは、ダンジョンを作った国王、ユングヴィの偉大さを伝えるためだ〉
最終戦争で死んでしまっているが、確かにエルムヘイムを創造したということ、ダンジョンを作ったということについては素晴らしい業績だといえると思う。
まあ、俺にそれを評価する権限も、権利もないので素直に頷いておくのが正しいだろう。
〈もうひとつは、ここまでが練習用の階層だということだ〉
〈第4層からは難易度が変わるということかい?〉
〈そうだ。まず、魔物との境界線がなくなる。どういうことかわかるか?〉
〈境界線がなくなるということは、安全地帯がなくなるということか〉
〈それだけではないぞ。これまでは例外はあるにしても、ひとつの領域にひとつの魔物が基本だった。第四層以降は右から大きな魔物が現れたと思ったら、左からは小型で群れる魔物が襲ってくるかも知れん、ということだ〉
〈なるほど。難易度が上がるという意味が理解できたよ〉
〈他にもあるが、先ずは第4層へ向かうとしよう。いいな?〉
〈ああ、転移石は……ん? ちょっと待ってくれ〉
第3層の転移石を見ると、第1層、第2層の転移石にない違和感があった。
第1層、第2層の転移石は数センチほど周囲より高くなった場所に設置されていて、その周囲にも古代エルム文字が彫られていた。第3層の転移石も同じような場所にあって、同じように古代エルム文字が彫られている。ただ、書かれている内容までは第1層、第2層でミミルが読み上げてくれなかったし、書かれている文字を比較することは俺にはできないので、違いがわからない。
一応、第3層の転移石には、階層の守護者から手に入れるメダルを嵌めこむ窪みがある。そこは第1層、第2層と同じだ。
だが、第3層の転移石には、第1層、第2層の転移石になかったものがあった。
俺が深刻な顔をして窪みを覗き込んでいると、ミミルは怪訝そうな顔をしてたずねる。
〈なんだ、どうした?〉
〈この穴なんだが、何の穴だと思う?〉
〈穴だと?〉
ミミルが慌てて俺と転移石の間へと割り込むように移動してきた。
第1層、第2層の転移石にもあったメダルを嵌めこむ窪みには、更に六角形の窪みがあって、縦に3本の溝が切られていた。特に、中央の溝は深く、何かを挿し入れるようになっているように見えた。
〈穴があるだろう?〉
〈ふむ、確かに穴だ。初めて見るかもしれん〉
〈ミミルは一度、ここを攻略しているんだろう?〉
〈仲間と一緒に攻略したからな。ここは確か……ローネがメダルを嵌めたはずだ〉
知らない名前が出てきたが、そこはまたたずねることにしよう。
〈とはいえ、毎日のように階層攻略していれば慣れた作業でしかないからな。些細な違いがあっても、気がつかないということは誰にでも起こりうる問題だ〉
〈確かに。でも……〉
何かの形に似ていると思ったのだが、いまになって気が付いた。
〈これって、3って書いてあるように見えるんだよ。第3層で、3の模様となると気になるのもわかるだろう?〉
浅く彫ったⅠが2つ並び、その間に何かを挿入するようにできたⅠの形をした穴。3つを合わせると、ローマ数字のⅢに見えてきた。いや、一度でもⅢだと思ってしまうと、もうⅢにしか見えない。
〈確かに、縦に3つの線を引いて、数字を表しているようにも見えるな。いや、これはどこかで……〉
ミミルは軽く首を傾げ、おとがいにその白く細い指先をあてて、宙へと視線を泳がせた。
何かを思い出すとき、少し考え込むときにみせるポーズだ。無意識だろうが、相変わらず可愛らしい。
俺が少し見惚れるようにミミルの表情と仕草を見つめていたとき、ミミルの目が大きく見開かれた。
〈あっ!〉と、ミミルは思わず大きな声を上げて、空間収納から何かを取り出した。
〈それは……鍵か?〉
とてもシンプルに作られた、金色の鍵だった。
キーブレードからキーヘッドにあたる部分は、ほぼ金色の金属を棒状に伸ばして曲げて作ったものといった印象で、とても武骨な印象を受ける。だが、歯の部分はとても丁寧なつくりになっていて、明らかに〝Ⅲ〟という文字が刻まれていた。
〈うむ、最終層の守護者を倒したところ、残したものだ。しょーへい、これは数字なのか?〉
〈3を表しているんじゃないのか? カンジの『三』は横向きだが、縦にすれば同じ形になる。チキュウの『イタリア』という国にある『ローマ』という場所では昔、数字の3は『Ⅲ』と書いていたし、間違いないだろう。とにかく挿してみたらどうだ?〉
〈しょ、しょーへいがやれ。守護者を倒したのはしょーへいだからな〉
得体の知れないモノを触りたくないのか、ミミルは鍵を俺に差し出した。
不思議なことだが、俺にはミミルが何かを怖がっているようにも見えた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






