第508話
ダンジョン内で伐採した木からつくった薪は燃やしても煤が出ない。トゥレアも同じ性質を持っているのだろう。
しばらくすると、トゥレアは白煙を出しながら魔素へと還っていった。
〈しょーへいは斧を持っていないからトゥレアを倒すのはもっと時間がかかると思っていたが……まさか、チンを使うとはな〉
〈いや、ただ熱して乾かそうと思ったんだよ。そうすれば火が着きやすくなるだろう?〉
〈使えるのは着火の魔法くらいだろうに。それではトゥレアを燃やすことなどできんだろう〉
〈だから大きな魔法を試したりしようと思ってはいたんだが……〉
トゥレアが消えたあとには、第3層への出口へとつながる階段が現れた。
俺の気持ちはこの奥にある壁文字に書かれた内容へと少し揺らいでいるが、大事なことを忘れるわけにはいかない。
ドロップ品だ。
階段を中心に周囲を探すと、トゥレアの葉に埋もれるように緑の魔石が落ちているのを見つけた。緑の魔石は風属性だったと思う。木の精霊と言われていたが、風を使った魔法を仕掛けていたので、この魔石がドロップした理由がわかった気がした。
次に見つけたのはメダルだった。両面にはとても精巧に彫られたセイヨウトネリコの姿がある。第1層、第2層でも手に入れたが、これは第4層へ行くための鍵になるもののはずだ。
〈ここに弓もあるぞ。矢がないがな……〉
〈へえ、武器を残すこともあるんだな〉
ミミルが非常に木目の美しい弓を手にしていた。トネリコの仲間はアッシュ材とも呼ばれ、木目が美しい。トゥレアを倒して残された弓ということを考えると、いま倒したトゥレアを材料にして作られた弓なのだろうか。形状は洋弓で、ところどころに意匠が彫られていて芸術的なセンスが光る逸品だ。
ミミルが弓を差し出したので、受け取って引いてみる。南欧にいたとき、教わった洋弓――アーチェリーの引き方だ。左手で目標に向かって弓を構え、右手の人さし指、中指、薬指の3本で弦を引く。このとき、弦を右耳あたりまで引いたりするのではなく、顎に弦を当てて狙いを定める。
頑丈な弦は、何かの魔物の素材でできているのだろう。とても艶があってしなやかだ。テンションも非常に高く、ダンジョンに最適化された俺だからここまで引くことができる――そう思えるほど重かった。
〈使いたいのか?〉
久々に弓を引く感覚を味わっていると、ミミルが不思議そうな顔をして俺にたずねた。
俺とミミルでは魔法を使った中距離攻撃か、ナイフを使った近接戦闘しかできない。空間魔法を使って魔法の発動点を変えれば、俺やミミルも射程距離を上げることはできるが、どうしても時間がかかってしまうのであまり賢い攻撃とは言えない。
俺は少し考え、ミミルに返事をした。
〈遠距離攻撃の手段としては便利そうだから、悪くはないと思っている〉
〈でも、当たるものではないぞ?〉
〈そうなんだよなあ……〉
矢は風の影響を受けやすい。更には、静止した的でも当てるのが難しい。ダンジョン内では動く魔物を狙うことになるので、更に難しくなる。
俺は諦めたかのように引いた弓をそっと戻した。
〈意外と弓の扱いにも慣れているようだな〉
その様子を見ていたミミルが、感心したように言った。
時速200キロ以上の速度がでる弓を空引きすると、矢に乗って飛んでいくはずのエネルギーがそのまま弓本体にかかる。罅が入ったり、折れたり、壊れてしまうリスクが高くなる。
〈技能カードでも弓術Ⅱがついているくらいだからな。で、トゥレアが落としたのはこれで終わりかな?〉
〈恐らく、それだけだろう〉
〈了解だ。じゃあ、階段を下りるとするか〉
ミミルが頷くと、階段を先に下りていく。
第1層、第2層と同じように壁は文字で埋め尽くされているのだが、俺には何と書いてあるか見当もつかない。
〈悪いが、また何て書いてあるのか教えて欲しい。いいかな?〉
〈問題ない、まずこちら側の壁には宇宙樹の成り立ちについて書かれている。その反対側には宇宙樹に棲むモノたちについて、こちらにある壁には宇宙樹の根元についての話だな。正面は神々の戦いについての話だ〉
ミミルは続けてそれぞれの壁に書かれた文字を読み上げてくれた。正確には古代エルム語で書かれている文字を、エルムヘイム共通言語に翻訳してくれているわけだ。
〈宇宙樹の成り立ちについては――〉
最初の壁に書かれた、宇宙樹の成り立ちを読み上げた。
ブーリが産まれた頃、スルトが作る氷から邪神が産まれた。
最初の神であるブーリはポルウという子を産んだ。成長したポルウは巨人の娘と結ばれ、アルフォズル、ヴィリ、ヴェイルの三柱が生まれた。
三柱の神は、力を合わせて邪神を倒した。
邪神の死体から、4体の妖精が産まれた。2体は白い肌を持つ美しい妖精で、残った2体は色黒で愛想のない小人だった。
アルフォズルは神々が住む地を作り、その近くに白い妖精たちが住む場所を与えると、イグナールを王とした。
一方、黒い妖精は地下の暗く冷たい場所に住まわせた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






