第507話
ガガガサという葉擦れの音に加え、トゥレアが幹を捻る折れるような音、叩きつける枝の音、それらから感じるのは痛みに悶える声、そして怒りだ。
俺はナイフを返し、逆からトゥレアの幹に刃を立てる。
またしてもぬるりと刃が入っていくが、あまり効果が得られなかった。
V字になるように刃を入れて、切りくずを飛ばさなければトゥレアを切りたおすことができないからだ。
――ザザザァッ
背後から音が聞こえた。
向かってくるのは、風の波。
旋風で撒き散らしたトゥレアの葉を巻き上げて、向かってくる。
「――アイスウォール」
タイミング的に間に合わないが、全ての葉を受けるよりはマシだと思って氷壁を作り、顔や頭を伏せた。
ミミル特製のチュニックや皮鎧にトゥレアの葉が傷をつけ、小さな切り裂き傷をつくるが、肌の露出している部分は避けられた。背後から来た風なので、背中を向けていたのは大きい。
次に右から同じように風の波がやってきた。俺は慌てて左右に氷壁をつくり、その中で丸くなる。
正面にはトゥレアの幹があるが、隙間を埋めるように氷壁を作って風の侵入を防いだ。
だが、これでは狭くて俺自身がナイフを振るうことができない。
時折トゥレアの葉を伴った風が氷壁に当たるのを感じながら、俺はない頭を捻った。
俺は薪に着火することができるていどの火魔法しか使えない。
対するトゥレアは生木。含水率は100から200パーセントもあるので、簡単には火は着かない。
(短時間で乾燥させればいいのか?)
俺は思いついたアイデアを試すことにし、両手をトゥレアの幹に向けた。
「――マイクロウェーブ」
俺の波操作の加護で生まれた収束された高周波数の電波。それがトゥレアの幹が吸い込んでいる水分を水蒸気に変え、表面の罅の間から白い煙のようになって噴き出してきた。
表面が乾いても、中はまだ乾燥していない。反対側となるとまだまだだ。
俺が足元にいるのが気にくわないのか、トゥレアの枝がまた激しく振動し、葉が周囲に飛び散った。
枝を振り回そうとトゥレアの幹が回転しようとするが、乾燥した部分までは捻られない。今度は枝の根元から先の部分だけでも動かして俺を攻撃しようとしてきた。縦に振ることで地面や石に当たり、自ら枝を傷つけることを厭わずに。
「――ロックウォール」
氷では耐えられないと判断し、俺は岩の壁を別に立てて枝の動きを抑え込んだ。
「――マイクロウェーブ」
20ギガヘルツという水分子の過熱に効率のよい周波数で、幹の中の水分を飛ばしつづける。トゥレアは地面から新たな水分を吸い上げ、枝葉の先からも水分を集めることで抵抗していた。
だが、それも間に合わない。
幹がどんどん乾燥していくことにトゥレアは抗い、まるで喚き叫ぶように苦痛を訴える声、怒りを爆発させる声などが入り混じっているような音を立て、ガシガシと枝を岩の壁にぶつけていた。
困ったことに、俺の目では幹の反対側が見えないので、どこまで加熱し続ければ幹の中が十分に乾燥するかわからない。背中側は岩の壁で守っているし、他の部分は氷でできている部屋の中にいるようなものだ。
状況が確認できない俺は、とにかく夢中でマイクロウェーブを放出した。
トゥレアの幹の罅が大きくなり、白く熱い湯気がシューッと勢いよく出ているだろう音が聞こえる。かなり温度が高いせいか、氷の壁が溶け始めているな。
『しょーへい、もういいぞ』
「――ん?」
ミミルから念話が届いた。だが、もういいとはどういうことだろう。
トゥレアから出る湯気の音が大きく、ミミルと普通に会話するのは難しそうだ。
『トゥレアはもう倒しているから、そのチンを止めていいと言ったのだ』
『へ? 倒したのか?』
『煙を全身から噴き出している。氷を溶かしてやるから、少し待て』
『お、おう……おっ!?』
直後、背中側の岩から衝撃を受けた。どうやらミミルは火魔法を岩の部分に当てたのだろう。周囲の氷が一気に溶けだした。
少し穴が開いたところからトゥレアを見ると、ミミルが言ったとおり、幹や枝の先から白い煙を上げて動かなくなっていた。全体的に小さくなったような気がする。
俺がトゥレアの様子を少し唖然として見ていると、ミミルはとても怪訝な表情で俺にたずねてきた。
〈なにをどうすればこうなるのだ?〉
〈トゥレアの中にある水を沸騰させて蒸発させた……という感じかな〉
〈…………〉
さすがのミミルも、このような倒し方は想定していなかったようで、言葉を失っている。
俺はただ、燃えやすいようにと水分を飛ばそうとしただけだが、電磁波を使って内部の水分子に直接働きかけて沸騰させていたわけだ。よく考えればわかることで、水分がなくなったところに更に電磁波を当てつづけると、内部温度は自然発火するほどまで上昇したはずだ。
いくらトゥレアが守護者クラスの強い魔物であっても、内部から焼けてしまったのには耐えられなかったということなんだろう。
ということは、今も吹き出ている白いものは、湯気ではなくて煙なのだろう。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






