第502話
最初に会敵したときも思ったが、シバンゼはとても脆かった。
爪先に鉄板が入った地球製のブーツで頭を蹴飛ばせば簡単に骨が砕け、エアブレードで簡単に胴体が上下に別れる。
第1層でアナコネズミを倒していたときと同じように、無心で次々とシバンゼを倒しながら闘技場へと向かっていく。
〈しょーへい、あまり調子に乗るなよ〉
〈大丈夫だ、わかっている〉
〈第4層は森だ。そこに同じシバンゼが現れる。身体の脆さは同じだが、隠れるものがある場所で、常にその森の中に潜んで暮らすシバンゼが群れで襲ってくる。更には弓や魔法を使う個体も現れる〉
〈へえ、やはり知能があるんじゃないか〉
〈高い知能がある個体をダンジョンが複製しただけであって、その個体に高い知能があるわけではない〉
〈それもそうか……〉
〈とにかく、第4層のシバンゼとは外見が同じでも違う。舐めてかからないようにしろ〉
どこかの世界にいる複製の元になった個体は考えて魔法を使うことができるだろう。だが、これまでのダンジョン内で出会う魔物はパターン化されていることを考えると、状況に応じて臨機応変に戦い方を変えたりするような賢さはない、とミミルは言いたいのだろう。
いくつものダンジョンの最奥まで到達しているミミルの言葉には重みがあった。
〈ああ、気をつけるよ〉
シバンゼの襲撃は途切れているが、また少し歩けば何十匹もいる群れのテリトリーに入るだろう。確かにまだ草原に近いこの第3層のフィールドでは猿に似た魔物には不利な場所な気がする。
第4層のシバンゼは、第3層のシバンゼとは別物……と、俺は自分に言い聞かせて前に進んだ。
闘技場のような建物まで約200メートルという距離になっても、シバンゼがウヨウヨと湧いてくるのでなかなか進まなかった。守護者に近づけないようにと配置されているのかもしれない。シバンゼは特にダンジョンでの再生が速い可能性もあるが、検証できることでもないので俺は途中で考えることを放棄した。ただ、とにかく俺に向かって集まってくるシバンゼを屠りながら前進をつづけた。
残り50メートルといったところまで近づくと、急にシバンゼの姿が消えた。前方からシバンゼが現れることがなくなり、横からも背後からも襲われることがなくなった。
〈ミミル、ここは安全地帯か?〉
〈そのようなものだろう〉
ひらひらとローブの裾を靡かせながらミミルが俺の前に降り立った。
魔力で作り上げた背中の大きな翼がキラキラと輝き、その美しさに目を奪われてしまう。
〈なんだ、しょーへいもできるようにならんといけないのだぞ〉
〈それはわかっている。でも、綺麗な翼だと思ってな〉
〈これは本人の魔力の性質に影響を受けるからな〉
ミミルは平たい胸を少し反らして言った。とはいえ、地面に降り立ったからか、その翼は数秒で消えた。
ミミルは「魔力の性質」と言ったが、それはどういうことだろう。魔素を取り込んで身体の中に貯め込んだものが魔力。そうミミルが言っていたはずで、性質はなかったはずだ。
〈――魔力の性質?〉
〈普段から使っている魔法によって性質が変わる。しょーへいは土属性を使っていることが多いから、土属性の魔石のような羽になるかも知れんな〉
〈水系統なら青、風系統なら緑、火系統なら赤……という感じかい?〉
〈そのとおりだ。私は無属性を一番多く使うから白い〉
〈今からでも色は変わるのか?〉
〈しょーへいは翼をだせるようになることが先だ。色など後でなんとでもなる。それよりも守護者の前に少し休もう〉
まだまだダンジョンのこと、魔法のこと、スキルのこと――俺が知らないことが多い。少し興味があるとミミルにたずねてしまうが、それよりも目先のことが優先だ。
俺は改めて闘技場へと視線を向けた。
魔法で作ったものではなく、明らかに切り出して形を整えた石を積み上げて作った人工的な建造物だ。石壁は美しい弧を描いて左右に伸びていて、この闘技場全体は円形をしていることが見てわかる。だが、外壁の上部は崩れているところもあった。蔦のような植物がどこかの野球場のように外壁に張り付いて全体を覆っている。石組みの隙間や窓のように四角い穴があるのだが、そこに蔓が入り込むことで崩れた場所ができていた。その様子はまさに廃墟といった感じがした。
建物の幅だけを見ても、200メートル以上はあると思う。ドーム型の球場を見たことがあれば圧倒されるほどではないが、草原の中に堂々と佇む建物の姿はどこか幻想的に見えた。
俺がただ茫然と闘技場を眺めていると、ミミルから声がかかった。
〈しょーへい?〉
〈あ、すまんすまん〉
俺は慌てて簡易テーブルと椅子を取り出して組み立てた。第3層の太陽の位置を確認すると、かなり高い位置にある。時間にして11時くらいといったところだろう。ミミルは昼頃に到着すると言っていたが、思ったよりも早かったようだ。
ミミルが席についたのを確認し、俺は空間収納から串焼きとパンを取り出した。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






