第501話
首から上が消し飛んで倒れた2匹のシバンゼを見て、胸の中に何かモヤモヤとしたものが湧き上がってくる。
俺は、人間の子どもほどの大きさしかない二足歩行をする魔物を倒しただけだ。だが、視線を下げ、両手を見ると小刻みに震えている。
「こ、殺した……」
倒したのではなく、殺した。無意識の中で、言葉が書き換わった。
足音を立てながら、他のシバンゼが近づいてくる。
俺は前から向かってくるシバンゼの姿を見て、2歩、3歩と後退った。
シバンゼが怯むことなく向かってくるのは仲間を殺された恨みや怒りのせいか――醜悪な顔に濁った瞳を見た俺の頭の中をそんな考えが巡る。
そして殺めてしまったことに対する罪の意識が、シバンゼたちの喚き声を怨嗟の声に変換し、更に俺を苛ませる。
『違う! このダンジョンには私としょーへい以外はすべて魔物だ。例えそれが二足歩行をしていても、魔物でしかない!!』
ミミルがいろいろと言ってくるが、心に湧き上がった罪悪感は消えず、俺は呆然と立ち尽くしていた。
少しずつ、他のシバンゼが俺に近づいてくる。
『これを見ろ!』
ミミルが魔力の刃を使って、俺に近づいてきたシバンゼの首から上を切り飛ばし、腹を切り裂いた。
途端に紫色の血が噴き出し、腹の中からドロリとした液状のものが流れ出す。ミミルが切り裂いたシバンゼの死体は、およそ地球の生物ではありえない姿に変わっていた。
『こいつらには内臓がない。生きものじゃない。魔物だ!』
罪悪感という黒い靄が俺の心の中を完全に埋め尽くす直前、ミミルの声が俺の耳に届いた。
――そうだ、こいつらは魔物だ。ダンジョンが作りだした紛いものだ。
その思いと、目の前で横たわる死体から感じる忌避感が心の中の黒い靄を吹き飛ばしていく。
――半端な哀れみは、己の命を奪うんだ。
迷いがなくなった俺は、5メートルほどの距離まで近づいてきた別のシバンゼへと目を向ける。
俺を睨むように見つめる濁った目、醜悪な顔つき、不潔な身なりに、不衛生極まりない口元。ギャアギャアと喚きたてる不快な声。
俺の視線と、シバンゼの視線が交差した。
「――ストーンバレット」
一瞬でシバンゼの頭が爆ぜ、その近くにいた他のシバンゼにも狙いをつける。近づいてくるシバンゼに次々とストーンバレットを放ち、その頭を撃ちぬいていった。
『すまん、心配かけたな』
『まさか魔物と仲良くなれるなどと言い出すとは思わなかったぞ』
ミミルに念話しながら、近づいてきたシバンゼに向けてストーンバレットを放ち、頭を撃ちぬいた。
俺自身、狩猟についていって鹿や野兎に弓を引いたことはあるが、人や猿に弓や銃を向けたことがない。平和な世の中ではそれが当然のことなのだが、その経験がないことが徒になった気がする。
残り5匹くらいになったシバンゼは慌てて木の上に逃げていく。さすがに、あっという間に仲間が15匹も倒されれば恐怖のようなものを感じるのかも知れない。
やはり感情というものがあるのか……と、また不要な考えが俺の中に浮かんでくる。
『情を掛ける必要はない。見逃せば背後から襲われる、それが狡猾なシバンゼの特徴だ』
『そうか』
ミミルの話を聞きながら、樹上で騒いでいるシバンゼを1匹、また1匹とストーンバレットで撃ちおとす。
直径四センチほどの石礫は、頭に当たれば爆散し、胸や腹に当たれば風穴を空けている。
さすがにオーバーキルなのかと思い、大きさは同じで重量が5分の1くらいになるアイスバレットの効果を確認することにした。最後の1匹にアイスバレットを撃ちこむ。
尖った氷の塊が脆く弱いシバンゼの眉間に正確にあたり、眉間に直径四センチほどの穴が開いた。シバンゼは白目を剥いて倒れた、ピクリとも動かなくなった。もしかするとマイクロウェーブで脳を焼いた時と同じように、心臓は動いているかも知れない。
とりあえず、100グラムの氷塊でも秒速200メートル、時速720キロを超えれば十分な威力があるということは理解した。
〈ミミル、こいつら脆くないか?〉
確かに500グラムの石礫が時速720キロで当たれば、相当なエネルギーを持つことになるが、だからといって頭が爆散するというのはシバンゼの身体が脆いとしか俺には思えなかった。
ひらひらとイチゴ模様の下着をチラつかせながらミミルが俺の前に下りてくると、シバンゼを見て俺の質問に対する返事をする。
〈エルムやニンゲン、他の種族と比べても明らかに脆い。道具を使って襲ってくるところを見ると複製元になった動物は多少の知性があるのだろう。だが、魔物として複製されている以上、それ以上の知性ある存在があったのだろうな〉
〈それはつまり、それ以上の知性がある動物がエルムヘイムに連れてこられているってことか?〉
〈そのとおりだ。どの種族かは知らんがな〉
そう答えるだろうと思っていたが、どの魔物がどの種族に関係するかまではエルムヘイムでは知られていないということだ。
ミミルと話しながら大量に散らばったシバングの黒っぽい魔石を拾い集めた。
※ 魔物の心臓は内臓じゃないの? という点については、木曜日に「(設定集)ダンジョンの魔物」を公開するので、そちらをご覧ください。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






