第497話
少し考えたところで、格子状になったグリルをつくり、それを燃焼室に入れて焼くという方法に気が付いた。グリルは金属製のものである必要はないので、土魔法で作った。三角錐を僅かに隙間を空けて並べたような形になっていて、火があたる底の方は面積が広く、肉と接する場所の面積は小さくなるようになっている。
石窯の燃焼室に入れた薪の火でしっかりとグリルを炙ったら、3センチほどの厚みに切って塩胡椒をしたヴァンリィのサーロインを格子に対して斜めに並べ、表面を焼いていく。
不要な脂が隙間から流れ落ち、薪の火に落ちて黒い煤を上げるとともに、焦げた香ばしい匂いがその場に広がる。
肉に焼き目がついたら、トングで肉を摘まんで右方向に裏返す。いままでグリルに接していた面が上になって、等間隔に焼けた焼き目が目の前に現れる。
〈おおっ!!〉
知らぬ間にケーキを食べ終え、俺の後ろから肉を焼く様子を見に来ていたミミルが声を上げた。
〈焦げ目がついていると美味そうだろ?〉
〈うん、美味そうだ……〉
同時に今度は前に向けて肉を裏返した。同じように、いま焼き目がついたばかりの裏面が目の前に現れる。
ゴクリとミミルが喉を鳴らした音がした。よほどミミルには美味そうに見えるのだろう。
〈これは、ぱたぱたと四角を描くように裏返していくといいんだ。なんでかわかるか?〉
また表面が頃合いに焼けてきたので、ミミルにたずねてみた。
ミミルはおとがいに指先をあてて、視線を宙に漂わせているが、なかなか回答が返ってこない。
〈――こうなるからだよ〉
言って、俺は肉を左側に倒して裏返した。
肉に対して、斜めにマス目状になった焦げ目が現れる。
〈おおっ!! とても美味そうに焼けたな〉
〈うん。でもこれで終わりじゃないぞ〉
残る1面が焼きあがるとスキレットへと肉を移し、石窯の遠赤外線で中までじっくりと焼いていく。
〈なんだ、面倒なことをするものだな〉
〈でも、網目がついている肉の方が美味そうだろう?〉
〈う、そこは否定できない〉
俺は続けてグロービヨンの肉を切り出して、グリル台の上に置いて焼く。
こちらは本当に試食用といった感じで、厚さは1センチ程度に抑えた。
この程度の厚みなら、グリルの上で両面を焼くだけで中まで十分に火が入る。
俺は焼きあがったグロービヨンのサーロインステーキをナイフで半分に切り、一方を皿に載せてミミルに差し出した。
ミミルは受け取った皿を大事そうに両手で抱え、自分が座る椅子へと向かっていく。皿の上が気になってしかたないのだろう、足元があまりよく見えていないようで心配だ。特に大きな石や岩が地面に露出しているところもないので、ダンジョン内なら平気だが、地球ではそうも言ってられない。
〈気をつけろよ〉
どうやら水平を維持することに必死になっていて、返事する余裕もないようだ。ただ、グリルの上において焼いただけの肉だというのに、大袈裟なことだ。
俺は窯の中に入れていたヴァンリィの肉を取り出すと、残ったグロービヨンの肉が残った皿をテーブルの上に置いた。まだ熱いうちに、俺もグロービヨンの肉を味見したい。
皿の上に乗ったグロービヨンの肉は、溶けだした脂のせいで縁がカリッとクリスピーに焼け、表面は艶々と輝いている。表面には黒や焦げ茶色の網目模様が残っていて実に美味そうだ。
左手に持つフォークをグロービヨンの肉に突き刺すと、これまで食べたダンジョン産の魔物肉の中で最も硬いと俺は感じた。硬いといっても石のように硬いとかではなく、みっちりと肉が詰まったところにフォークを刺しているという感覚だ。
続けて右手のステーキナイフでひと口大に肉を切る。ワイルドな波刃が肉にグイッと食い込んで切り取っていく。フォークを入れた感触とは違って、すんなりと切れていった。特に高級なステーキナイフではないので不思議に思った俺は、何度もナイフで切り刻んでいた。
観察してみると、フォークを突き刺した部分の肉から周囲へと広がろうと力が発生するが、周辺の肉に押し返されている。これが弾力を感じさせているようで、俺に硬いと思わせている。だが、ステーキナイフで斬るときは、切った断面から力がすぐに逃げるので柔らかく感じるようだ。
フォークの先に刺さった肉を俺は口に入れた。
カリッと焼けた表面の香ばしい風味に、黒胡椒の爽やかで樹皮のような香りが口の中にパッと広がった。そのまま肉をギュッと噛み締めると肉の繊維がホロリと解け、肉汁が口の中に溢れ出す。牛でもなく、豚や鹿でもない、だが濃厚な肉の旨味が口の中を埋め尽くした。
『こ、これは……肉の味が濃くて美味いな』
舌を肉汁に蹂躙されながら、俺はミミルに念話で話しかけた。肉を味わうことに集中しているのか、ミミルの返事がない。残った肉に視線を固定し、顎を動かし続けている。
俺の前にあった縦横十センチ程度の大きさしかないグロービヨンの肉は、あっという間に皿の上から消えていった。ミミルの方も同様で、すぐに皿の上は空っぽになっていた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






