第491話
大量のバーベキュー串を作ったのは正解だった。今日も昼食で合計3串がなくなったわけだが、そのまま食べてもよし、ロゼッタに挟んでパニーノにするもよし、といった感じなので昼食の準備が楽だ。欲を言うとするなら、もう少し野菜を――葉野菜を入れたいところだ。あと、滋養たっぷりなスープがつくとうれしい。煮込むと味が抜けてしまうダンジョン野菜しか残っていないので、スープは作れないのが残念だ。
食事を終えて食器を洗い、簡易テーブルと椅子を空間収納に仕舞うと、俺とミミルはまた南に向かって歩き出した。
次のエルムの木か、その次の木のあたりで今夜は過ごすことになると思うと、俺は地上に出てからの予定をこなす時間があるか、少し心配になってきた。自分自身の記憶を整理して、ミミルにたずねる。
〈第3層の守護者を倒すまでに3日かかる、で良かったっけ?〉
〈いまの調子なら、明日の昼頃には守護者のいる場所に到着するだろう〉
ダンジョン第3層で2日半を過ごすことになる。第3層は地球の7倍半の速度で時間が過ぎるから、8時間経過する計算になるわけだ。
その前に時間経過が10倍のダンジョン第2層で10時間ほど過ごしているので、合計で9時間くらいということになる。
地上では夜の賄いのあと、片付けを済ませて業務終了ということにした。22時くらいだったと思う。その後、風呂に入ったり、ネット動画でカバの生態を紹介する動画を見たりしていたので、更に4時間くらいが経過していただろう。
第3層の出口にあるだろう転移石を触って地上に戻るには、守護者を倒す必要がある。俺は守護者がどんな魔物かも知らないので、更にどれくらいの時間が必要かわからないが、昼ぐらいには地上に戻ることができそうだ。
地上の予定は、ダンジョンを出てから香味野菜と葉野菜を買いに行くこと。それと、ミミルにアフリカの動物を見せるために、動物園に寄りたいと思っていた。
だが、12時に地上に戻って風呂に入ってから出て行くようだと、時間が足りなくなる。ミミルは1時間くらい湯船に浸かっているのが好きだからだ。今日はシャワーだけにしてもらって、できるだけ早く動物園に向かうのが良さそうだ。
ミミルが安全地帯と魔物が住む世界を分けるように生い茂る藪の中へと入っていく。ここの萱のような草は2メートルくらいあって、ナイフで刈り取りながら進まないと前に行けない。
5分ほど、草刈りをしながら前に進むと、広い平原に出た。ところどころに木が生えていて、木の実らしきものが生っているのが見える。
ダンジョン内で似たような風景は何度も見てきているが、1つとして同じものはない。それを不思議に思いながらミミルにたずねる。
〈ここにいるのは?〉
〈ここはグロービヨンの領域だ。チキュウで言えば、『クマ』とやらに似た魔物だ〉
〈へえ……草原に『クマ』ですか〉
ホッキョクグマを除き、熊は基本的に山や森の中に棲息するというイメージが俺にはある。ヒグマやツキノワグマは雑食で、果物や木の実などを食べる時期もあれば、河口付近の浅瀬を遡上する鮭を捕らえて食べる。餌を求めて草原に出てくることはあると思うが、草原に住んでいるわけではないはずだ。
草原には俺の膝丈ほどある草が一面に生えているのだが、そこに生い茂る何かの木は不規則に生えていた。木の根元には草が一切生えていないのだが、鮮やかな緑色をした丸い塊が背中を預けて座っていた。
〈あれがグロービヨンかい?〉
〈そのとおりだ〉
ほぼ全身が緑のそれは、確かに熊に似た体型をしていた。
首の下に白い部分があるが、それは地球のツキノワグマとは違い、逆の弧を描いている。更に、その中央部分から中心線のように腹まで伸びていて、まるで上向きの矢印のような形になっている。
〈あの模様は他のグロービヨンも同じなのか?〉
〈うむ。模様の大小や多少の歪みなどはあるかも知れんが、グロービヨンには必ずあの模様が入っている〉
〈へえ……〉
ツキノワグマの首のところに白い月の輪のような模様があるのが何故なのか……森の中で出会っても互いに認識できるようにするためだとか、たまたま首に白い模様がある種が生き残ったのだとか、いろんな説があるがそれは明確になっていない。だからグロービヨンの模様も謎でしかない。
まあ、ダンジョン内の魔物のことだから、どこかの宇宙にあるどこかの星に住む熊の模様が上向きの矢印なんだと思うことにする。
それよりも、体毛が緑色ということの方が俺は気になった。地球の知識のせいで、俺は体毛が緑色というだけで光合成をしているんじゃないか、と考えてしまったのだ。たぶん、保護色として平時の体色が緑という動物もいるが、生態系の頂点に立つだろう熊が保護色のような毛色をしているというのが理解できなかったのもあるだろう。
〈なんで緑なんだ?〉
〈知らん。ダンジョンが繋がった、どこかの世界にいたのだろう〉
ミミルからは予想どおりの返事しか来なかった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






