第490話
2度目のヴァンリィとの会敵は、最初よりも楽に倒せたと思う。
まあ、最初の会敵のときはヴァンリィがどのような動きをするか、俺が理解できていなかったからしようがない。
3度目の接敵も似たような動きで、同じようにヴァンリィを倒した。
ヴァンリィの住む領域を南に抜けて安全地帯に入る頃には、倒したヴァンリィの数は30を超えていた。
「皮は9枚、肉はたぶんサーロインが2つ、テンダーロインが2つ、リブロースが1つ、モモ肉が3つかな」
〈上出来だ〉
ドロップ品を思い出しながら数えていると、ミミルが褒めてくれた。
といっても、褒めたのは肉を集めたことであって、俺の戦い方が上達したとかいう観点でないのが非常に残念だ。
〈どうだ、俺の戦い方も上手くなったか?〉
〈うむ、積極的な攻めの姿勢に変わったところは褒めるべきだろうな〉
と、ミミルは言って俺の尻を2回ほど叩いた。
別に褒めて欲しいとは思っていないが、尻を叩くという行動は、エルムヘイムでの褒めていることを表すボディタッチのひとつだったりするのだろうか。
首を捻りながら前を行くミミルを追って進む。第3層の太陽を見るに、ちょうどお昼どきなのだろう。ミミルが進む先にはエルムの木が見える。
〈昼食は、昨日と同じ串焼きでいいか?〉
〈うむ、キュリクスとファルを1本ずつだ〉
〈ああ、わかったわかった〉
相変わらずミミルはよく食べるなあ、と思いながら安全地帯を歩いた。
5分ほどでエルムの木に到着すると、すぐに昼食の準備に取り掛かった。
空間収納から簡易テーブルと椅子を出したら、平らな場所を選んで組み立てる。
ミミルはすぐに椅子に座り、俺が料理を出すのを待っている。
〈飲み物は『カフェ・ラテ』でいいか?〉
〈うむ。それでいい〉
火を使うと後始末に時間がかかるので、今回もバイトとパートの4人が練習したカフェ・ラテを出すことになった。
マグカップを取り出し、耐熱ガラス製のポットに入ったカフェラテを注ぐ。温めた状態で空間収納に仕舞っていたので、熱いほどに温かい。
そして、ミミルの要望どおり取り出した皿にキュリクス肉の串焼きと、ファル肉の串焼きを並べる。更に空間収納からロゼッタを取り出して添えて出した。
「いただきます」
ミミルが自発的に食材への感謝を述べ、食事を始めた。
腹を空かせ、少々焦らされるくらい待たされても、忘れずに言えるようになってきたのは明らかな進歩だ。
俺も手を合わせて、「いただきます」と言って料理に手をつける。
俺の分は、キュリクス肉がひと串。ロゼッタを1個。
手でロゼッタを水平に切り裂き、そこに串から外したキュリクス肉を置いて積み上げる。そこに空間収納から取り出した粒マスタードを少量塗った。最後に串から抜いた焼けたリューク、パプリカを載せてからロゼッタの上側で挟んで簡単パニーノにした。肉汁が零れたりしても、中に空洞ができたロゼッタであれば受け止めてくれるので食べやすい。
俺は結構な厚みがあるパニーノに噛り付く。
パリッと焼けたロゼッタの皮に歯が食い込んで砕ける音がする。
最初に小麦の香りが口の中に広がり、焼けたパプリカ、リュークの香りが追いかけて来る。キュリクスの肉にまで歯が食い込んでいくと、樹皮のような黒胡椒の爽やかな香りが広がると共に、肉汁が口の中に溢れ出した。プチプチとした粒マスタードの食感と酸味を含んだツンとくる辛味が、キュリクスの脂とリュークの甘味に溺れた舌を刺激する。
実に美味い――声に出さずに、俺はパニーノの味を楽しむ。
〈な、なんだそれは〉
『なんだそれはと言われてもなあ。その『ロゼッタ』で挟んだだけだけど?』
ミミルが俺の食べ方を見て、少し驚いたように言った。
俺は、口の中にいっぱいパニーノが入っているので喋るわけにもいかず、念話で返事をする。とはいえ、見たままのことをそのまま説明するだけだ。
『キュリクスの肉には、こっちの『ツブマスタード』が合う気がするから、少しだけ入れてみたんだ』
〈なんだその、『ツブマスタード』とは〉
『辛い植物の実を、酢と砂糖や塩で漬け込んだものだよ』
〈か、辛いのか……〉
『鼻に抜ける辛さだ。舌や喉が焼けるようなものとは違うぞ』
黙々と口を動かしつつ、念話でここまで話した俺は、口の中のパニーノを飲み込んだ。3枚もキュリクス肉が入っているので、さすがに空洞の多いロゼッタではバランスが悪い。明日もやるなら肉は2枚までにしよう。
〈しょーへいと食べに行った『トンカツ』にもツンとくるものがあったが、あれとは違うのか?〉
〈似たようなものだが、こちらの方がまろやかなんだ〉
とんかつ屋の和がらしは、オリエンタルマスタードで鼻に抜ける辛さが強い。対して、粒マスタードになるイエローマスタードはその成分が弱いという特徴がある。
〈ミミルも食べるか?〉
〈うんうん〉
ミミルが輝くような笑顔をみせ、手に持ったキュリクス串を差し出した。俺はそれを受け取り、二つのキュリクス肉でパニーノを作ってミミルに差し出した。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






