第487話
ヴァンリィのパンチは、しっかりと重く、力の入ったものだ。
両腕でガードすることができるほどに単調な攻撃だが、まともに受けているわけではない。単に両腕でガードするだけでなく、ヴァンリィが繰り出すパンチに合わせて少しずつ後ろに下がることで、俺はパンチの威力を受け流している。
だが、いつまでもこのままでいいとは言えない。
ヴァンリィは足を前に動かすだけでなく、尻尾も使っているようで、俺が下がってもしっかりとその距離を詰めてくる。
だが、先ほど踝のあたりを狙って蹴ったせいか、ヴァンリィの左脚の動きが鈍い。そこで、俺は少し大きめに下がり、ヴァンリィの左膝を狙って蹴りを入れる。空手をやっていたわけでもないし、ムエタイもやっていないので上手いかどうかはわからないが、関節のあたりに狙いをつけた。
軋むような音を立て、ブーツの爪先がヴァンリィの左膝に突き刺さる。
再び笛を鳴らすような悲鳴を上げたヴァンリィの動きが一瞬止まった。
チャンスだ。
俺は右手のナイフを逆手に持ち換えると、魔力を流し込んで目線の高さにあるヴァンリィの心臓があるだろう場所へ突き立てた。そして、間髪入れずに左腕のナイフを喉元に突き刺す。
一瞬、ヴァンリィの体が痙攣し、熊のような顔についた瞳が俺を睨みつけた。だが、その瞳は数秒で生気を失い、俺に全体重を預けるかのように崩れた。
数歩下がり、俺はヴァンリィの死体を地面に寝かせた。
改めて全身を観察すると、ヴァンリィは非常に首が太い。例えば、縄張り争いなどでヴァンリィ同士で殴り合いをするにしても、首が太いというのは、脳を揺らされにくいという点でとても有利だ。同じ魔物同士での争いなら、頭突きをするにも首が太く安定している方が良い。モデルになったどこぞの異世界にいる動物は、そういう進化をしたのだろう。
太ももは外周にして1メートル近い太さがあるんじゃないかと思うほど太い。この足で腹のあたりを蹴られたら、簡単に内臓破裂を起こすだろう。一方、上体の筋肉が異常に発達しているのだが、骨格的に人間でいうストレートやフックが出せるというわけではなさそうだ。この筋肉でボクシング的な動きをされてしまうと、間違いなく俺では敵わないだろう。
尻尾の付け根は自身を支えることができるほど丈夫なだけはあって、太腿と同じくらいの太さがある。そして、かなり筋肉質だ。
ヴァンリィの特徴を確認した俺は、服の袖を捲ってヴァンリィのジャブを受けた腕の様子を見た。何度もガードしたが、少し赤くなっているていどで、痛みも特になかった。これはミミル特製の服のおかげだろう。
見ている間にヴァンリィの体がサラサラと魔素に還っていく。
やがて残されたのは、ヴァンリィの毛皮と肉だった。
〈おおっ、肉だ!〉
ミミルが嬉しそうに言った。相変わらずの肉好きだ。
〈これは、どこの部位だろうな〉
〈知らん、知らんが柔らかい部位だということだけは私にもわかる〉
〈今夜にでも焼いてみるか?〉
〈うむ、それでいい〉
ミミルの機嫌が明らかによくなった。
ドロップした肉を矯めつ眇めつ、眺めてみる。おそらく形状的にみてテンダーロインの部分だろうと思う。大きさは地球の牛よりも少し小さいくらいだ。
俺は手に持った肉を空間収納に仕舞った。毛皮の方はミミルが収納してくれた。俺では鞣すことができないので、ミミルに預けるしかない。
俺は、手に取ったヴァンリィの皮をミミルに渡してたずねる。
〈この皮はどんな特徴があるんだ?〉
〈軽くて丈夫、そして柔らかいという特徴がある〉
〈何に使うんだ?〉
〈様々なモノに利用できるが、多くは小物入れだな〉
確かに軽くて柔らかく、丈夫な革なら小銭入れ、財布、定期入れ、名刺入れといった小物に良さそうだ。あと、靴なんかにもいいだろう。
しかし、ダンジョン内で履く靴となると、少し頼りない。
〈最近は皮の鞣し作業も途中までしかできていないな……〉
〈昼間はダンジョンに入っていてもいいんだぞ?〉
〈あ、うむ。それはそうなのだが……ううむ〉
ミミルが腕を組んで唸るように声をあげた。そうか、日本語を学ぶことを優先するか、ダンジョン内ですべき作業をやるか、で悩んでいるようだ。
〈店の営業が始まると、いまのように客席で時間を過ごすこともできなくなる。一応は学校に通うことになっているんだし、ダンジョンの中で過ごした方が俺はいいと思うぞ〉
〈いや、それはそうなのだが……〉
ミミルの返事の歯切れが悪い。何かダンジョンに入ると都合が悪いことでもあるのかと心配になってくる。
〈どうしたんだ?〉
〈しょーへいと一緒にダンジョンに入るのはいいのだが、独りで入るとなると食料の問題がでる〉
〈いや、ミミルが持っていたものを半分に分けたよな?〉
〈た、確かに半分に分けたのだが……例えばダンジョンの第19層では時間が14倍になる。食べる量も14倍になる〉
時間の経過が早くなるということは、それだけ食料が減るのも早くなるってことだ。単純に半分に分けたのは失敗だったのかも知れない。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






