第485話
食事を終え、俺とミミルは久々の野営用テントに入っていた。
別に外の天候は悪くないし、気温は長袖シャツ1枚でちょうど良いくらいで、適度に乾燥している気がする。
〈明日もまた南に向かうんだよな?〉
〈そのとおりだ。ヴァンリィという名の魔物がいる領域を抜けていく〉
〈安全地帯を通れないのか?〉
〈しょーへいの技能カードに魔素を吸わせるためだ。第五層までに二回、色が変わってもらわないといけないからな〉
〈そうだったな……〉
いま、俺の技能カードの色は鈍色。空を飛べるほどの魔力を蓄えるためには、再び赤銅色にならないと駄目だと言われていた気がする。
〈それに、ヴァンリィはいままでの戦い方では勝てない魔物だ〉
〈――えっ?〉
ミミルが言う、いままでの戦い方というのが何を指すのかピンとこない。例えば、ルーヴと戦うときは1か所に留まって受け身にならないように動き回るように意識していた。ミミルの評価としては、近接職としては及第点、という結果だったと思う。まあ、満点を取れるほど俺が優秀なわけがないので、俺としては満足していた。でも、それでは通用しないということだろうか。
気が付けば俺は手元の北欧神話の本から視線を上げ、ミミルを見ていた。
その少し驚いたような様子を見たミミルは少し怪訝そうな顔をしたあと、俺に向かって言った。
〈なんだ、自分の戦い方に気付いていないのか?〉
〈じ、自分の戦い方、とは……〉
俺も知らぬ間に戦い方がパターン化してきている気はするが、具体的にミミルが言う戦い方というところにまでは辿り着けない。
いままで怪訝そうにこちらを見ていたミミルが、呆れたように眉を八の字にし、肩を竦めてみせた。
〈まず相手の前脚を切り飛ばしているだろうが。あの戦い方のことを言っている〉
〈なるほど!!〉
確かに、ブルンヘスタやキュリクスなど4つ足の魔物に対してはエアブレードやヴィヴラで前脚を切り飛ばしてしまうという方法をとってきた。
〈でも、まだ戦い方として固まってる気はしないけどなあ〉
〈4つ足の魔物に対しては有効な戦い方だ。間違っていない〉
だが、顔が大きくて前脚を狙いにくいオスのルーヴ、巨体過ぎて切り飛ばすことが無理だったナーマン、堅牢な外皮があるネスホルンのような魔物も相手にしてきている。
〈他の戦いかたもしているじゃないか〉
〈懐に入って戦うというのは、それだけ危険度が上がる。特に、ヴァンリィは近接戦闘が上手いから、難しいだろうと思っている〉
〈どんな魔物なんだ?〉
〈2足で立ち、長い尻尾がある。あと、上半身は非常に発達した体型をしていて、腕っぷしが強いのが特徴だ〉
2足で立って、長い尻尾。それはバランスを取るためなんだろう。2足で立つ……立つのか。
〈2足歩行というわけじゃないんだな?〉
〈そうだ。2本の脚で跳ねるようにして移動する〉
まるでワラビーやカンガルーのような魔物だな。どこまで似ているかわからないが、確認はしておくべきだろう。
〈そのヴァンリィは腹に袋があるのかい?〉
〈ふ、袋だと? あるわけがなかろう〉
〈なんだ、ないのか……〉
〈チキュウにも似た魔物、いや生物がいるというのか?〉
〈うん。『カンガルー』って言うんだけど、腹に袋があって、そこで子どもを育てるんだ〉
〈それはまた奇怪な生物だな〉
エルムヘイムには有袋類はいないのかも知れない。
中学生の頃、なぜオーストラリアにだけカンガルーやワラビー、コアラ、ウォンバットなどの有袋類がいるのか気になって調べたことがある。
実際には、南アメリカ大陸ではオポッサムを中心に数十種類の有袋類の生物がいると知って驚いたのを思い出した。
元は哺乳類の中でも、早い段階で有袋類は栄えたようで、全世界に広がっていたらしい。だが、人間を含む多くの哺乳類のように、子宮の中で胎児を育てる有胎盤類があとから繁栄を迎えた。そのとき、大陸的に孤立したオーストラリアや、南米の一部に有袋類が残ったのでいまのような分布になっていると何かの書籍に書いてあった。
〈エルムヘイムには腹に袋がある動物はいないのか?〉
〈陸地はほぼエルムとルマン人、あとは猫人族、犬人族などで占められている。海や川には魚や貝がいる〉
〈魔物に似た動物はいないのかい?〉
〈遠い昔に駆逐された。エルムやルマン人は増えたが、そこにいた原始的な動物はほぼ全滅したと言っていい〉
〈そうだったんだな……〉
エルムヘイム神話のとおりだとすると、ミミルがいたエルムヘイムは世界樹の大きな洞の中の惑星で、ユングヴィ2世がそこにエルムたちが暮らす環境を作ったということだと思う。つまり、エルムたちが環境適応だとか進化云々を抜きにして住み着いたのだから、元々いた進化途中の生物たちはエルムやその後に連れ込まれた様々な種族によって駆逐されてしまっているのかも知れない。未発達な惑星に移住したような状況なのだから仕方がないのかも知れないが、とても複雑な気分になった。
設定上、ミミルの誕生日は本日、7月17日です。
誕生日SSを書くつもりが忘れていました……^^:
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






