第481話
結局、パドルの代わりになるものもないので、ミミルに木を削って作ってもらった。自分の背丈ほどもあるパドルは必要ないので、1メートルほどの大きさのものにしてもらった。
そのパドルを使ってピッツァが満遍なくやけるように回したり、移動させて慎重に焼き上げる。そして、最後はパドルにピッツァを載せて、オリーブオイルを振りかけ、テーブルの上に置いた。
本来ならエメンタールやゴーダ、チェダーなどのチーズを使うのだが、ダンジョンには持ち込まなかったので、残ったペコリーノ・ロマーノを使った。でもこれで、正解だったようだ。ゴルゴンゾーラの青カビの香り、ペコリーノ・ロマーノの山羊乳の香りが上手く混ざり合って、胃袋を刺激してくる。
残念ながらピザカッターなども持ち込んでいないので、ミミルが作ったパドルの上でナイフを使って切っていく。
「待たせたな、ピッツァ・クワトロフォルマッジの出来上がりだ」
「フワトロフォルマッジ?」
なんか、柔らかいチーズみたいなことになっている。まあ、長い横文字はすぐに覚えられないと間違いやすいのは理解できる。クワトロとフォルマッジの2つの単語の組み合わせになっていることがわかればミミルも理解できると思うのだが、別にイタリア語なんだから、無理して覚えてもらう必要はない。でも、ミミルが間違ったまま覚えるのもかわいそうだ。
「クワトロ、フォルマッジだ」
「クワトロ、フォルマッジ……」
思ったとおり単語で分割したら、ミミルも無理なく言えた。
〈イタリアという国の言葉で『クワトロ』は四という意味。『フォルマッジ』は『チーズ』のことだ〉
〈ふむ〉
〈このホーノンをかけて食べると美味い〉
エルムヘイム共通言語でホーノンとは、蜂蜜に似たもののことだ。
普通に店で売っている容器のままドンッとテーブルの上に蜂蜜を置いた。
〈おおおっ、チキュウにもホーノンがあるのだな〉
〈ただ似たものなんだけどな〉
地球のようにミツバチがいるかどうかまではわからない。だから、曖昧な返事になってしまう。
ただ、ゴルゴンゾーラチーズを使ったクワトロフォルマッジには蜂蜜がとてもよく合う――はずだ。
ちらりとミミルの方へと視線を移せば、いまにも涎を垂れそうにしながら、食いつくようにパドルの上に乗ったピッツァを見つめていた。
俺は空間収納から小皿を取り出し、そこにピッツァをひと切れ取る。そして、蜂蜜を掛けて食べやすいようにくるくると巻いてミミルに差し出した。
〈食っていいぞ〉
口を開くと涎が溢れそうなのか、とにかく首を縦に振ってミミルは小皿を受け取った。
まず、香りを嗅ぐようで、小皿をそのまま顔の前にまで持って行った。
ゴルゴンゾーラの青カビの匂いに、ペコリーノ・ロマーノの山羊乳の匂いのせいか、一瞬だけミミルは不快な顔をみせる。
〈ふむ……〉
だが、2回、3回と鼻を近づけては嗅ぐことを繰り返し、何やら納得したような表情をしてピッツァに噛り付いた。
4回、5回と顎を上下させたミミルの表情が笑顔に変わった。どうやら蜂蜜ゾーンへと到達したのだろう。
その様子から、ミミルがこのクワトロフォルマッジを気に入った、と確信した俺もピッツァへと手を伸ばす。蜂蜜を垂らしたピッツァを、口の中へ運んで噛み締める。まず焦げた生地の香りが広がり、遅れてペコリーノ・ロマーノ、ゴルゴンゾーラチーズの香り、蜂蜜の甘い香りが広がった。特に塩気の強いチーズの塩気と蜂蜜の甘さが交互に舌へ押し寄せてくるのだが、何度も噛んでいるうちに溶け出すように小麦の味が広がってくる。
塩気の強いチーズを3つ使っているせいか、蜂蜜の甘さが引き立ち、蜂蜜のおかげでチーズの濃い味が丸く感じた。
〈美味い……複雑で甘味もあって、大人の味だ〉
ミミルがひと口目を飲み込んで言った。見た目が子どものミミルが言うと違和感があるが、確かに大人の味だ。
〈ホーノンがなくても美味んだぞ?〉
〈ホーノンがある方がいい〉
最初から蜂蜜入りを出したのは失敗だったか、と思って俺はミミルに蜂蜜なしのクワトロフォルマッジの美味さを語ろうとしたが、手遅れだった。
俺は先の言葉を出すチャンスを失ったが、ミミルが気に入って食べてくれているので、安心して次の調理に取り掛かれる。
とりあえず、俺が食べる分のピッツァを皿に確保した。8等分に切ったので、俺の分は3切れだ。
〈とるなよ?〉
〈うむ〉
〈いや、だからこれは俺の分。いいな?〉
〈ふむ……〉
なんだか嫌な予感がするが、さすがに俺が食べる分として明確に分けたのだからミミルが手をつけないと信じることにした。
まずは石窯から薪を抜いて焚火台に移し、石窯内部の温度を下げる。
〈今度はファルを焼くのか?〉
〈うん。塊肉を焼くから、石窯を使って中まで火を入れる。いまのままだと温度が高すぎるから、下げるために焚火の方に薪を移したんだ〉
〈ほう……〉
続けて、鉄のフライパン――スキレットを用意してそこに厚めにスライスしたトリュークとオリーブオイルを入れて焚火台の上に置いた。
さて、次は肉の準備だ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






