第480話
コの字に並べたレンガサイズの石の上に、別に作り出した石のプレートを置く。そして、再びレンガサイズの石をコの字に並べて積み上げていく。このスペースは、薪の燃焼室になる。
8段ほど石を積み上げたら、再び魔法で石のプレートを作って並べた石の上に置く。このプレートがピッツァを焼く台になる。ポイントは奥の壁との間を空けておくこと。この隙間が燃焼室から上がる熱い空気を窯へと送り込んでくれる。
続いて、周囲をまたコの字に囲うようにレンガサイズの石を5段ほど並べていく。最後に再び石のプレートを被せ、窯の入口の上部に煙突を作れば窯はできあがりだ。
強化された身体能力で組み上げていったので、実質的に1時間足らずで石窯は出来上がった。魔法で作った石を積み上げて作っただけだが、空気穴を開けた場所以外は紙1枚が入る隙もなく整然と組み上げられている。名づけをした魔法を使うことで、ほぼ正確に同じ形、同じ大きさの石を作れたのは非常に大きい。
〈とりあえず、空焼きしないとな……〉
〈できたのか?〉
〈組み立てるところまではできたが、一度火を入れてみて問題ないか確認する必要があるんだ〉
ミミルの質問に返事をしつつ、俺は燃焼室に石の板を入れ、そこに薪を並べて火をつけた。こうすれば石の板を取り出すだけで火を消せる。
着火には焚火の火を使ったので、すぐに燃え広がってくれた。地上の薪を使うと煤で真っ黒になるのだが、ダンジョン内の薪は殆ど煤や煙が出ないのが有難い。
〈面倒なことをするものだな〉
せっせと火力を上げるために薪を焼べていると、ミミルが呆れたような声を上げた。
ザッハトルテを食べたとはいえ、料理ができるのを待たされているので少し不満気な声だ。
〈ピッツァを焼いたら、崩れて食べられなくなったりすると嫌だろう?〉
〈う、確かに崩れて食べられないのは嫌だな……〉
〈だろう?〉
ピッツァが焼きあがる寸前に窯が崩れる様子を思い浮かべたのか、ミミルは眉尻を下げて残念そうに言った。
〈しょーへいは料理人なのに、どうして石窯を作れる?〉
〈スペインという国に住んでいたときに、知人の家に手作りの石窯があったんだよ。そこで教えてもらったんだ〉
〈ほう〉
〈構造は単純だから、俺でも作れるんだよ〉
アパート住まいだと厳しいが、庭のある家だとそこでバーベキューをしたり、コカというスペイン風のピッツァを焼いたり、燃焼室に直接網を置いて肉を焼いたりもする。
温度計がないので窯の内部がどれくらいの温度かわからないが、結構たくさんの薪を入れて焼いてもプレート部分が割れたり、罅が入るということもない。この様子だと、ピッツァを焼いても問題ないだろう。
〈ピッツァ用の生地が残っていたから、ピッツァを1枚だけ焼こうと思う。そのあと、温度を下げてファルを焼こうかな〉
〈おお、頼む。もう腹が減って倒れそうだ〉
〈おいおい〉
人間でも同じような表現をするから言葉としては違和感がないが、ミミルが言うとどうも引っかかる。先日も、「モノを食べるのは内臓の機能維持が目的だ」と、言い切っていた。それが原因だろうと思う。
とはいえ、俺も腹は減ってきたので早速ピッツァの準備を始めることにした。麺打ち台が必要なので、ここは土魔法を使って作る。
手のひらで地面に触れ、イメージを作っていく。
石窯に使った石のプレートと同じくらいの大きさ。あまり重いと簡易テーブルが壊れてしまいそうなので、厚みを抑えたものがいい。厨房では大理石風の人工石を使ったものを使っているが、その表面は凹凸がなくつるつるとしている。この麺打ち台の表面も同じようにイメージする。
俺が手のひらで地面に触れ、イメージを維持して魔力を流し込むと、地面と手の間に薄い膜ができる。その薄い膜と地面との間が俺の手をグッと押し上げてくると、石のプレートが現れた。大理石のような模様はないものの、鈍色で表面に光沢があってつるつるときめ細やかな1枚の石板になっている。
念のため、表面に水魔法で作った水球を落とし表面を洗い流し、簡易テーブルの上に置いて布で拭いた。ミミルなら風魔法で水を飛ばしてお終いなのだろうが、火や水、氷、土といった目に見てわかるものはイメージしやすいが、風は難しい。こういう機会にこそ練習と思って使うべきなのだろうが、早くピッツァを焼きたい。
麺打ち台の上に打ち粉をし、そこに空間収納から取り出したピッツァ生地を置いて、手で適度な大きさに広げる。ピッツァ職人といればアクロバティックに生地を回して伸ばすイメージがあるかも知れないが、別に「やらないといけない」というものでもない。
丸く均等に広げたら、空間収納から取り出したゴルゴンゾーラ、モッツアレラ、パルミジャーノ・レッジャーノ、ペコリーノ・ロマーノを散らす。
あとは窯に入れて焼くだけだ。
「あ、しまった……」
あとは焼くだけというところまできて気が付いた。
パドルがないから、窯に入れられない……。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






