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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第48章 ファングカット

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第748話

〈空間収納も、空間魔法も手に入れたのだから用はないだろうに〉


 声に気付いたのか、ミミルが呆れたように言った。

 まったくミミルの言うとおりだ。ラウンは襲ってきたりする魔物ではないし、倒しても経験値的な魔素が少し流れ込んでくるだけだ。収納袋の材料となる空間の魔石をドロップしたところで、既に空間収納のスキルを得ている俺やミミルにすればメリットはない。


 エルムの木の下に到着し、野営の準備を始める。

 まずは簡易テーブルと椅子を出して組み立て、簡易コンロを2つ並べる。続いて、焚火台を出して薪に火を着けるまでしてひと休みすることにした。


 椅子に座り、温めたまま空間収納に仕舞ってあったカフェラテを取り出し、金属製のマグカップに注いでミミルへと差し出した。


〈これだけか?〉

〈このあと夕食を作るから、これでも飲んで待っててくれ〉

〈むう……〉


 ミミルは少し不満げに口元を尖らせると、自分の空間収納からケーキが入った紙箱を取り出した。そういえば、大量に買ったケーキがあったはずだ。

 慌てて割れない皿を空間収納から取り出し、ミミルに差し出した。


〈夕食を作るんだから、1つだけにしろよ〉

〈わかった〉


 ミミルが取り出したのはザッハトルテ。オーストリアのホテル・ザッハーの名物菓子で、チョコレートケーキの王様とも呼ばれている。

 レールジェットでヴェネツィアからウィーンに観光に行ったことあるが、現地で食べるザッハトルテはチョコレートが入った糖衣でコーティングされていて、ザリザリとした食感と甘さが印象に残っている。それと比べると、ミミルが食べるザッハトルテは日本人向けにアレンジされているようだから甘さは控えめだろう。これなら、夕食に影響することはあるまい。

 ホイップクリームをつけてやりたいところだが、流石に生クリームがないので無理だ。いや、そういえば……。


〈ミミル、モルクを倒した時に乳の入った陶器の容器が出なかったか?〉

〈モルクの乳か? しょーへいに渡したはずだ〉

〈ちょっとそれを食べるのを待ってくれるか。一緒に食べると美味しくなるものがあるんだ〉

〈ほう、待たせる価値があるというのだな?〉

〈それは材料次第のところもあるけどな……〉


 ミミルから受け取った食材の中にモルクの乳が入ったミルクポットがあるというので、空間収納の中を探る。といっても、頭の中に浮かぶものを実際に手で掴むようにイメージして取り出すだけだ。しかし、収納しているアイテムが増えてきたので探すのにも時間がかかる。ミミルは当たり前のようにサッと出してくるのだが、違う使い方があるのだろうか。

 なんとか頭の中にミルクポットのイメージが浮かんだので、手で掴むようにして取り出した。

 陶器製で高さは80センチくらいあるのではなかろうか。再び現実に目の前にしてみると、モルクを倒しただけなのに陶器製のミルクポットに入っているのが理解できない。

 だが、ゆっくりと考えている暇はないので、すぐに作業に取り掛かる。

 元々はサラダ用に買った割れない食器のサラダボウルを取り出し、まずはモルクの乳の表面に浮かぶ乳脂分を掬って入れる。匂いを嗅いでみると、臭みはほとんどない。寧ろ、少しバターのような甘い香りがするくらいだ。

 次に、これを泡だて器を使ってホイップしていくのだが、泡だて器などダンジョン内に持ち込んでいない。仕方がないので、食事用のフォークを2本使って泡立てていく。とても興味深そうにミミルが俺の手つきを見つめているが、何ができるのか気になっているのだろう。

 1人分のホイップなら使うクリームの量が知れているので2分も掛からなかった。でも、出来が気になるのでフォークの先から取って舐めてみる。

 乳脂の甘い香りがふわりと漂い、舌の上でパッと広がり溶けていく。砂糖が入っていないのに、仄かに甘いと感じるのはモルクの乳が持つ濃厚な脂肪分のせいだろう。


 出来上がったホイップクリームをザッハトルテの隣にそっと盛り付ける。


〈おおっ!〉


 ミミルの反応が少し大袈裟だ。

 ショートケーキをデコレーションするときのように口金を使って絞るわけでもなく、フォークの先に載せて皿の上に盛り付けただけだ。それに、砂糖が入っていないから、ショートケーキのそれと違ってほとんど甘くない。

 俺が空間収納から取り出したフォークを受け取ったミミルは、キラキラと瞳を輝かせて俺を見た。


〈た、食べていいか?〉

〈もちろんいいが、いま載せた『クリーム』は甘くないぞ?〉

〈うむ〉


 既にミミルの耳には俺の声は届いていないようだ。添えたホイップクリームをフォークで掬い、左官のように真剣な表情をしてザッハトルテの上に均等に塗り均した。


〈――えっ?〉


 一瞬、俺は言葉を失った。ミミルが何故そんなことをしたのか、想像できなかったからだ。

 目前でミミルがフォークの峰でケーキを切って口に運ぶのを見て、俺はようやく何が起こったのかを理解した。


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


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