第476話
ファングカットはミミルが言ったとおりの姿かたちをしていた。
長い犬歯に、体高が約1メートル20センチほど。体長は2メートルを超えているだろう。茶系の体毛に、焦げ茶色の体毛が一部だけ縞模様を作っていて、それだけだと虎のように見えないでもない。顔の方はどちらかといえば虎というよりも、メスのライオンに似ているような気がする。
攻撃手段はルーヴと同じで、飛びついて覆いかぶさるようにして動きを封じ、上顎から生えた30センチ近い犬歯で首筋に噛みついてくる。犬歯は鋭利な刃物のように研ぎ上げられているので、油断しないようにと注意を受けた。
視界いっぱいに広がる草原に、ポツポツとファングカットがいるのが見える。草の丈がそんなに高くないせいもあって、見通しは十分確保できているようだが、それはファングカットにしても同じだ。
ほぼ一定の感覚でファングカットの群れがいるのは、縄張りの関係だろうか。魔素から作り出された魔物だから、当然子どもが生まれて、育てる必要もない。そのせいか、成長した姿のファングカットが5、6頭で生活しているようだ。
ルーヴは自我があって意思疎通ができるのか、とても上手く連携をとって襲ってきた。おそらくだが、ファングカットも連携を取って襲ってくるのだろう。
〈ファングカットの脚は遅い。それにルーヴのように取り囲んでくるということはない〉
遠くに見えるファングカットの群れを眺める俺に、ミミルが補足するように説明してくれた。
〈まとめて6頭が突っ込んでくる感じか?〉
〈そのとおりだ。だが脚は遅いから充分対処できるはずだ〉
ミミルの言うとおり、脚が遅いというのなら魔法と近接の組み合わせでなんとかなるだろう。ストーンバレットは4センチほどの小石を飛ばす魔法だが、その重さは直径10センチほどの氷塊と同じ。魔力もそれなりに消耗するし、発射速度を毎秒200メートルにまで上げれば、更に使う魔力も増える。
〈先ほどのルーヴとの戦いのことを忘れず、魔法と短剣を用いて上手く立ち回れば簡単に倒せるはずだ〉
〈ああ、わかってる〉
ファングカットはルーヴより遅い。そのルーヴに勝る速度で俺は動けるので、油断しなければ大丈夫だろう。
俺とミミルが立っていた場所は既に5頭のファングカットの群れの縄張りだったようで、100メートル近く離れていたはずが、ミミルと話をしている間にかなり近くまで近づいてきていた。
〈では、お手並み拝見といこう〉
ミミルが立ちどまった。今度は空から見るというわけではないらしい。空から見るほどでもない……ということだろう。ミミルから見て、俺とファングカットの力量差はそれだけ大きいということだ。
それだけ信頼されている、弟子としての成長を認められているということだろうか。だとしたら少しだけうれしい。
自然と口角が上がるのを感じ、それ以上は表情に出さないように努めて向かってくるファングカットへと意識を集中する。
まずはナイフを仕舞ったまま、人さし指を伸ばした状態で両手を前に向け、向かってくるファングカットへと狙いをつける。
「――ストーンバレット」
一気に風を受けて飛び出すかのような音を立て、指先に生じた石礫が飛び出す。射程圏内に入った瞬間に発射したのだが、その一瞬で2頭のファングカットの眉間に穴が開いた。
続けて、いま射出したストーンバレットのイメージに再び魔力を流し込み、左右の指先で狙いをつけなおして2発発射。一瞬でまた2頭の眉間に穴が開く。断末魔の叫びを上げる間もなく、2頭は崩れるように地面へと突っ込んでいった。
残ったファングカットは1頭。一際大きな牙は、おそらく群れのリーダーに該当するオスを模したものなのだろう。
残り数メートルといったところで、オスのファングカットが俺に飛び掛かる。
「遅いな」
手足は太くて短く、頑丈で力強そうに見えるが、体型はずんぐりとしている。敏捷性は高くないらしい。
身体強化を発動しながら右手で腰のナイフを抜くと、俺は瞬時にファングカットの攻撃を躱す。
飛びつくように両前脚を突き出してジャンプしたファングカットだが、地面に降り立つにも勢いを殺すことができず、数歩進んでから後ろへと首を向けた。
「――遅いよ」
だが、そのときには俺はファングカットの前に立っていた。
ファングカットの動きは、体感でルーヴの3分の1くらいの速度しかなく、しなやかさも比べ物にならないほど足りていない。
振り返った先に俺が立っているなど、ファングカットは想像もしていなかっただろう。視線が俺へと向く前に、緋色に輝くナイフがファングカットの首を切り落した。
見た目の印象からすると、ファングカットは地球上で絶滅したサーベルタイガーに限りなく近い魔物なのだと思う。こんな言い方をするのは、地球にいた動物がダンジョン内に再現されていると確信が持てないからだ。
「思ったよりも弱いな……」
サーベルタイガーが地球で絶滅したのは1万年ほど前のこと。幼い頃に読んだ「絶滅動物図鑑」なるものに出てきたサーベルタイガーはとても強そうに見えて、格好よかったんだけどな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






