第473話
ルーヴのドロップ品は琥珀色の魔石に牙、爪、毛皮。オスは鬣だけを別にドロップした。鬣といっても、実質はモヒカンだった毛の部分だから意味がわからん。何か用途があるのだろうか。
〈爪や牙は小さいので宝飾品には向いていない。削って鏃、釣り針などにするていどだ。毛皮は撓やかだが強くはないので皮鎧などには使えない〉
〈じゃあ、この鬣はどうするんだ?〉
モヒカンの部分の毛を指さしてミミルにたずねた。毛束ではなく、薄い頭皮についた状態になっていて、前髪の方が毛が長くなっている。
〈様々な用途がある。防寒用の襟巻や筆にも用いられることが多い。稀に白いルーヴがいることがあり、その毛は高級品として扱われる〉
〈む、なるほど〉
〈王宮絵師が使う筆は、白のルーヴからとれた毛しか使わんと聞いたな〉
〈さぞかしお高いんだろうなあ〉
ルーヴの鬣を手に取ってみる。確かに太さも硬さも均一で、コシもあるからいろんな用途に使えそうだった。だが、元の姿を思い出すと、なんとも言い難い気分になった。
メスのルーヴがドロップしたアイテムも魔石と爪、牙、毛皮だった。ミミルが肉は落とさないと言っていたが、実際にドロップしなかったので少し安心した。ドロップしたところで食べるかと聞かれると、あまり食べたいと思わない。ルーヴの体格や動きを見ているとやはり猫を思い出してしまうのが原因だと思う。
〈ルーヴはこのくらいにして、南の安全地帯へ向かおう〉
俺がアイテムを拾い終えると、ミミルは南へ指をさして言って歩き出した。追いかけるようにしてミミルの後を歩きながら、俺は先ほどのルーヴの群れとの戦い方を思い出す。
最初の7頭との戦いでは、常に受けの姿勢で戦っていたと思う。その結果、次々襲ってくるルーヴに対処しきれない状況になりかけてしまった。最後、残った2頭が逃げずに俺を襲っていたら、俺は肩の打撲だけで済まなかっただろう。ミミルが助けてくれるとは思うが、それなりの大怪我をしていたはずだ。
それに、アイスバレットやストーンバレットで牽制することはできたと思うが、全くと言っていいほどダメージを与えられていなかった。もっと威力のある魔法が必要だ。
オスを含む12頭の群れと戦ったときは、7頭を相手したときの反省を踏まえ、思い切って動きまわることで活路を見つけた。「攻撃は最大の防御である」という言葉があるが、正にそのとおりだったと思う。
例えば魔法の威力を出すためには、俺のストーンバレットやアイスバレットで飛ばす石礫や氷塊の大きさを大きくするか、射出速度を上げるか。又はその両方かということになる。
大きな氷塊や小石を作るとなると、それだけ魔力を込める時間が必要になる。そもそも、直径10センチのウォーターボールでは魔力を込める時間が必要なので、速射性を高めるために直径3センチのウォーターバレットを作った。だから、速射性を維持したまま、魔法の威力を上げるには射出速度を上げるしかない。
いま、アイスバレットやストーンバレットの射出速度は秒速60メートルだ。これは射出するときのイメージに、プロテニスプレイヤーのサーブをイメージしたことが原因だと言える。では、なぜプロテニスプレイヤーのサーブを手本にしたかというと、飛び出していく速度や、飛び方などをイメージするのが容易で、且つ高速だからだ。
だが、十分な威力を得るためには、更に高い射出速度が必要だ。
反復横跳びの実験で、ダンジョンに最適化されたこと。更に魔力循環による身体強化で俺の素早さは倍以上に上がっていることがわかっている。ダンジョン内には同等以上の反応ができる魔物がいるだろうことを考慮すると、それこそ音速を超えることを想定した方がいい。
「たしか、秒速で340メートルか……」
音速はだいたいそれくらいだったはずだ。気温によって速度は変わると習った気がするが、これが何度のときの速度かなんて知らない。たぶん、1年間の平均温度くらいでの速度と言うことだと思う。
音速が秒速340メートルだとして、ライフルだと音速の2倍以上の速度が出るという話を聞いたことがある。確か秒速800メートルはあったはずだ。詳しくは知らないので、たぶんライフルの性能や弾によって左右されるのだろう。
ミミルは「魔法は想像して創造するもの」と言うが、流石に音速の2倍以上で飛んでいく石礫や氷塊の姿など想像することもできない。直径3センチの大きさがあっても、目で追うこともできないだろう。
だが、試す価値はある。
「――アイスバレット」
後ろに向いて右手を水平に伸ばし、指先に直径3センチほどの氷塊ができた瞬間。
同時にライフルを発砲したかのような、とても大きな音が鳴り響いた。
〈な、なんだ!?〉
突然の大きな音にミミルが驚いた声が聞こえた。
だが、俺も何が起こったのかまったく理解できず、言葉も出なかった。頭の中が真っ白になる、というのはこういう状態を言うんだろうな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






