第471話
俺自身、まったく気が付いていなかったのだが、同時に12頭ものメスのルーヴを相手にすることに強い危機感を覚えていたのだと思う。俺は両脚と両腕に身体強化を施し、更にミミルから貰ったナイフに魔力を込めて暴れまわっていた。
クロックポジションで言うと、オスを含む5頭が12時の方向。
最初に孤立した1頭を8時の場所で倒し、次に5時の方向に到達した2頭を倒した。3時の位置にいた2頭が、5時の場所で2頭が倒されたのを見て俺の方に向かってくるので、体制を立て直すために9時方向にいた2頭の方へと一気に移動し、倒す。そして、5時の方向から9時の方向へと向かってくる2頭を倒してしまえば、残りは12時の方向に残っていたオス1頭と、メス4頭だけになっていた。
オスのルーヴは何もしようとしない。ライオンもそうだが、狩りはメスが担当しているのだろう。
4頭がジリジリと俺の周りに展開し、俺を中心に半径10メートルの円を描いて囲むように、隙を窺うように、威圧するように歩いている。
意外に背後にいる1頭が襲ってこないのは、左右の2頭に足を襲わせ、動けなくなったところを正面から襲って押し倒し、背後の1頭が俺の喉笛を噛み千切る、という作戦があるからだろう。
だが、先ほど肩を打撲する戦いをしたときに俺は気づいていた。
――ひとつの場所に留まってはいけない
いまもそうだが、ルーヴは必ず四方を囲むようにして襲ってくる。だから、囲まれないように常に動き続けることが大切だ。
身体強化した状態であれば、俺は素早さ、速度の面でルーヴのそれを凌駕する能力がある。だから、それを生かして常に1対1に近い形で戦えるようにすればいい。
俺は急ターンすると、身体強化した脚力を全開にして背後にいるルーヴに飛び蹴りを食らわせる。ルーヴも飛び退こうとするが、間に合うはずもない。俺の右足が背後にいたルーヴの脇腹に当たった。
いくら筋肉質なルーヴでも、俺の全体重と身体強化が乗った飛び蹴りが時速100キロ近い速度で当たれば痛い。悲鳴のような鳴き声をあげて吹っ飛んでいった。ここで止まれば、背後から3頭がまとめて襲ってくる。だから俺は蹴り飛ばして10メートル近く吹っ飛んだルーヴを追いかけ、緋色に輝くナイフで転んだ状態のルーヴの首を刎ね飛ばした。
振り返ると、左右にいた2頭のルーヴが迫ってきており、その向こうには正面にいたルーヴが見えた。
俺は2頭のルーヴの脚に向けて緋色のナイフを連続で振り、ヴィヴラを飛ばす。エアブレードよりも強力で大きな魔力の刃がルーヴの前脚を付け根のあたりから切り飛ばした。
突然前脚を失った2頭のルーヴはその大きな顔から地面に激突し、立ち上がることもできずに藻掻き始める。
一瞬、ストーンバレットやアイスバレットを顔目掛けて叩き込もうと思ったが、俺は両手にナイフを握っていた。既に魔力は込めているのでヴィヴラを使う方が早いと判断したのだが、より強力な攻撃になったので結果オーライだ。
だが、俺には2頭を無力化できたことで安心する余裕もない。残った1頭が地に伏せた2頭の体を飛び越えて俺へと飛び掛かってきた。
魔力探知に加え、直前の動きを目で捉えていた俺は、身体強化したままの脚でルーヴの蟀谷に渾身の右回し蹴りを放った。
ルーヴの蟀谷から骨が軋む音が聞こえた。蹴りの力で宙に浮いた状態だったルーヴは俺の左後方と吹っ飛んで行った。俺も蹴りの反作用で右へと体を持って行かれるが、僅かに移動しただけで済んだ。
俺は体勢を整えると吹っ飛んだルーヴに駆け寄り、魔力強化したナイフで首を切り飛ばした。宙に浮いていた状態で蹴りを入れたところで、かなり力が分散される。当然ダメージを与えてはいるものの、たいして効いていない可能性があったので先に止めをさしたのだ。
最後に、前脚を切り飛ばされて動けなくなった2頭にも止めを刺す。
「ふう……」
呼吸を整える意味もあって軽く深呼吸して息を吐いた。
まだこれで終わりではない。
目線を上げると、木の陰で寝そべってこちらの状況を眺めていたオスがゆっくりと立ち上がった。第3層の太陽もかなり傾いてきていて、長い影がこちらに向かって伸びている。3メートルを優に超える巨体は、これまで戦ってきたメスと比べてひと回り大きい。おそらく体重も300キロを超えることだろう。
メスの役割は、狩りをすること。では、オスの役割は……ダンジョン内の魔物は強い魔素のせいで生殖機能が働かないことを考慮すると、他のオスから群れを守ることなのかも知れない。
いまのところ、逸れのオスを見かけたことがないが、俺の推測が当たっているとしたら、メスのルーヴは多対一で獲物を狩るスペシャリスト集団で、オスのルーヴは1対1で獲物を狩るスペシャリストということになる。
悠然と歩きだしたオスのルーヴは、ライオンに似た進化をした動物を元にして作られた魔物だけあって、実に威風堂々としている。
「だから、なんでモヒカンなんだよ……」
折角の威容、威厳がその鬣のせいで台無しになってる気がした。
相手が多いと表現が……
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






