第467話
逆に俺の方が心配になってきたが、ここでミミルの顔を覗き込んだりするのも怒られるような気がする。
〈で、どうするんだ?〉
〈まず、魔力を体内に循環させて活性化させる。身体強化の場合、筋肉や臓器が活性化された魔力によって強化されるのは知ってのとおりだ。その活性化した魔力を患部に集中させれば、治癒力を高めることができる〉
ミミルの解説のとおりとすると、指先を怪我した場合は、魔力循環させて活性化した魔力を指先に集めることになる。
〈……魔力弾に似ているな〉
〈似ているようだが、魔力の循環方法が違う。魔力弾のときは、全身を駆け巡るように魔力を循環させる。だが、治癒力を高めるときは、心臓が血液を全身に送り出すように、身体の中から指先や足先まで魔力を送り出す感覚で魔力を活性化させる〉
同じ魔力でも、扱い方で性質が変わるということだろうか。
先ほどまで頬を赤くしていたミミルだが、少し難しい話を始めたことで真面目な顔でこちらを見上げていた。まだほんのりと頬が赤いのが可愛らしい。
〈身体強化でもそうだが、全身を駆け巡るように魔力を循環させる場合は魔力そのものを活性化させる。治癒力を高める場合は、活性化した魔力を末端まで送り出すことにより、全身から生命力を集める……と言えばわかりやすいか?〉
〈なるほど……〉
返事をしたものの、俺にはいまひとつ理解できない。こういうときは、実践あるのみだ。
〈具体的な方法を教えてもらってもいいか?〉
〈うむ。身体強化をする際に最初に感じる魔力溜まりのようなものがあるだろう?〉
〈臍のあたりに感じたやつだな〉
体内に溜まった魔力に意識を向ける。
身体強化を教わる際に感じたときと同じように、臍のあたりから暖かい何か――魔力が溜まっているのを感じた。最近、意識して身体強化をしていなかったが、なんだか大きくなっている気がする。
〈うむ。そこから、心臓が動いて全身に血液を送り出すように、その魔力溜まりから魔力を全身へと送りだす。その際、呼吸は大きく吸って、ゆっくりと吐き出す〉
ミミルは両手を合わせ、直立した状態で手本を見せてくれる。俺は黙ってその様子を見ていたが、何度もゆったりと呼吸している姿はどこか瞑想でもしているように見えた。
〈送り出した魔力が患部を通ってまた魔力溜まりに戻ってくるよう、魔力を制御する。このまま10デレほどやってみるといい〉
〈わかった。やってみよう〉
ただの打撲とはいえ、店の営業まであと数日というところで怪我をしてしまったのだから、少しでも早く治す方法があるなら試してみたい。
間違ったことをしていたらミミルが指摘してくれるだろう。
まず、両肩幅くらいに足を開いて立ち、ラジオ体操第1の「背伸びの運動」で深呼吸した。姿勢が自然と正されるからだ。
腕を上方へと伸ばし、ゆっくりと体側に伸ばして手を下していくが、ミミルが冷やしてくれたおかげか、痛みはほとんど感じなかった。そこから、目を瞑り、両手を前に合わせ、再び臍のあたりにある温かい魔力の塊を意識した。横隔膜を大きく使ってスッと強く息を吸い込み、応ずるように魔力の塊に周囲から魔力を注ぎ込んで膨らませる。そして、ゆっくりと息を吐きだし、同様に魔力の塊から全身に魔力を放出した。
2度、3度と繰り返して片目を開けてミミルを見る。
〈そのまま続けると全身が温まってくる。それが活性化した魔力が行き届いた証拠だ。その後は、魔力が患部を通るように意識して制御すればいい〉
ミミルのアドバイスを聞いて、俺はただ頷いた。声を出すと呼吸が乱れ、魔力循環も乱れてしまう。
10回、11回と繰り返していると、臍のあたりだけでなく、足の指の先までぽかぽかと温かくなってきた。これがミミルの言っていた、活性化した魔力が行き渡った状態なのだろう、と気づく。
吐き出す息と共に全身に送り出された魔力が、息を吸うと共に腹の方へと勢いよく戻ってくるのを熱で感じる。この流れを一度、打撲した肩を通るように意識して、魔力制御を始めた。
2分ほど経過したが、なかなか魔力の制御が上手くいかない。
上半身に流れていく魔力は問題ないが、下半身へと向かった魔力を右肩を経由して臍に戻す、というのが難しい。
まだ胃袋あたりに魔力溜まりがあれば楽だろうに、と思ったら魔力だまりがゆっくりと胃袋のあたりまで動いた。おかげで、全身から戻ってくる魔力を右肩の患部を経由して魔力溜まりに戻せるようになった。
話すことができないので、念話でミミルに報告する。
『ミミル、魔力溜まりが動いたんだが、これでいいのか?』
『動いた、だと?』
正直に魔力溜まりが移動したということを話しただけなのに、ミミルはとても驚いたような顔をみせた。
『ああ、最初は臍の下くらいにあったけど、いまは鳩尾のあたりにある』
『むう、魔力溜まりが移動するということはないはずなのだが……』
続けて現在の状況を説明したら、ミミルは何やら考え込むように腕を組んで唸り始めた。ミミルの態度を見ていた俺は、逆に心配になってきた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






