第463話
焼きあがった肉串に、先日作ったバーベキューパウダーを振りかけてミミルに差し出した。
〈焼けたぞ。待たせたな〉
〈うむ〉
ミミルは大仰に返事をすると、両手に1本ずつ肉串を持って簡易テーブルへと走って行った。
空間収納の中では時間経過がない。焼き立てホヤホヤの肉串はすぐに空間収納へと仕舞うことで、明日以降の食事の準備が楽になる。とはいえ、ここで肉を焼くのに時間を掛けてしまうというのは、まだ陽が高いので時間がもったいない。だから、俺はミミルとは違って肉串を焼きながら食べ始めた。
おそらく後ろを向けば、ミミルが両頬をいっぱいにして肉を食っているのが見られるだろう。
ほぼ、焼きあがった串はそのまま空間収納へと放り込んでいく。串に刺さっている肉や、野菜の種類、大きさ、順番などがバラバラだから全く同じものがあるわけではない。そのせいで、頭の中に空間収納にある肉串を思い浮かべると、大量の肉串が並んで浮き上がってくる。肉をキュリクスとファルで分けたおかげで、多少は区別できるのがありがたい。
20本くらい焼いて、俺も最後の2本を手に席へ戻った。
既にミミルは1本を食べ終えていて、2本目も3分の1くらいしか残っていない。相変わらずの健啖家だ。
肉、次に野菜、また肉、野菜、肉、野菜と刺して、最後にまた肉を刺した串は焼き上げて水分が多少飛んでいるとはいえ、ずっしりと重い。スケールがないので正確な重さはわからないが、感覚的には焼いたあとでもひと串あたり500グラムはある。
いくらバーベキューとはいえ、少し豪快に過ぎたようだ。だが、ミミルに目を向けると、黙々と肉を食べ続けている。焼いて調理しているからか、ミミルは野菜も食べていた。
ミミルが食べられるのだから、俺も大丈夫だろう――と、先ずはキュリクスの肉を使った串の先端に噛り付く。
仕上げに振りかけたバーベキューパウダーの香りがふわりと口の中に広がる。薪を使って焼いたせいもあり、肉の表面はカリッとクリスピーに、中はミディアムレアに焼きあがっていて、柔らかく温かい。何度も噛みしめていると、キュリクスの肉の香りが口いっぱいに広がる。
「やっぱ、美味いな」
よく噛み締めた肉を飲み込み、思わず口から感想が零れてしまった。
相変わらず、見た目は赤身の肉だというのに、溢れ出てくる肉汁の量がすごい。上等な黒毛和牛のようなサシが入った肉というのは筋繊維の間に脂肪が溜まるものだが、キュリクスの場合は細胞の1つひとつに溜まっている感じなのかも知れない。ダンジョン産の肉というのは、地球の常識では計れないものだと再び実感する。いや、ダンジョンの存在そのものが計り知れないものだった。
俺がよく味わって串の1段目に刺さったキュリクス肉を食べている間に、ミミルは2本目の串に刺さっていた最後の肉を食べてしまったらしい。何やら物欲しげな視線で俺の方へと目を向けていた。
「どうした?」
さすがに3本は食べ過ぎたと自分でも思ったのか、ミミルは返事もせずにそっぽを向いた。
その様子を見ながら、俺は2段目に刺さっていた赤と黄色のパプリカを横から噛り付いて串から抜いた。生で食べても甘味の強いパプリカだが、肉と一緒に焼いてしまうと水分が必要以上に抜けてしまう。だから、オリーブオイルを表面に塗っておいた。水分がしっかりと残っていて、パプリカ特有の香りと甘みが口に広がる。
次はまたキュリクスの肉。テンダーロインにあたる柔らかい部分だ。
一旦、皿の上に戻していた串を手に取る。俺の視界に、大きく赤い瞳が入ってきた。その瞳から伸びる視線は、俺では無くて、俺の手の中にあるキュリクス串へと注がれているようだ。
俺は串を持った右手の先を、身体の正面よりも右側へと移動させた。すると、ミミルは顔を動かすことなく、視線だけで追ってきた。そこで、串を正面にまで移動させ、左手に持ち換えて真横に腕を伸ばした。やはり、ミミルの視線はキュリクス串へと注がれている。そのまま、俺はキュリクス串を背後へと隠した。途端にミミルの視線が俺の顔へと移動する。ミミルの表情はとても不満げだ。
「あんなに食べたのに、まだ食べたりないのか?」
「ちがう。ミミルのくし、ファルだった」
「だって好きなんだろう?」
「ファル、にくは、すき。キュリクス、たべる、ない」
「うん、キュリクスは食べないんだろう?」
助詞が入らないと、何が言いたいのかよくわからない。
〈違うぞ。私はファルは好きだが、キュリクスの串は食べてないということだ〉
〈キュリクスを味見したいってことか?〉
〈うむ〉
テーブルにはファル肉串があるのに、そっちに視線を向けなかったのはそういうことだったんだな。
俺は食べかけのテンダーロインを抜き取って皿に載せ、キュリクス串をミミルへと差し出した。
〈まあ、俺には多すぎるし、残りを食べるといいよ〉
〈おおっ、ありがとう〉
キラキラと瞳を輝かせ、嬉しそうにミミルはキュリクス串を受け取り、大きく口を開けて肉に噛り付いた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






