第457話
浮草の陸地に上がってきたフロウデスの体型は、胴体部分がカバ。正面は顔が四角くてカバのようにも見えるのだが、牙がないことやギザギザの歯がずらりと並んでいるところをみるとワニのようでもある。頭を横に向けたときの顔を見ると、鼻と目、耳が直線状にあるのはカバで、全体的に平べったいのでやはりワニに見える。体型は四肢が太くてカバやゾウに近いのだが、尻尾は太くて長いのでワニのようでもある。
やはりダンジョン内の魔物はよくわからないな、と思いながら黙ってミミルとフロウデスの戦いを見る。
先に仕掛けたのはフロウデスだ。巨大な体でミミルに向かって走り出した。
『こいつは頭がでかい』
『ああ、そうだな』
顎先から耳元あたりまでの長さだけでミミルと同じくらいある。横幅はミミル4人分といったところか。万が一、ミミルが噛まれたら即死する――なんて考えるが、ミミルに限ってそのようなことはないだろう。
『首を狙いにくい』
『確かに難しそうだ』
ミミルが念話で解説してくれた。頭が大きいので、首の根元が見えにくい。心臓は4つ足で歩いているので、立った状態から攻撃するのは難しい。
『だから背後から攻撃するのがいい』
フロウデスの突進をひらりと躱したミミルが念話で説明すると同時、両手の先に生じた魔力の刃がフロウデスの首をめがけて飛び出していく。
その魔力の刃がフロウデスの耳の下、下顎との境目あたりに突き刺さり、魔素に還って消えていく。同時にフロウデスの首についた傷からは大量の血液が噴き出した。
フロウデスは噴水のように血を噴き出しながら速度を落とし、ミミルへと方向転換するが、力尽きて浮草の地面に大きな音を立てて倒れた。
『と、こんな感じだ。わかったか?』
『ああ、理解した』
普段のミミルなら骨ごと首を切り飛ばすところだろうが、今回は切り飛ばすというよりも、頸動脈を深く傷つけることを優先したような――そんな倒し方だった。首の太さだけで直径1メートルほどあるように見えるので、切り飛ばすのも難儀するのだろう。
実際に死体のある場所に移動して観察すると、フロウデスの表皮からは青い汁が流れ出している。カバの生態を動画で調べていたとき、カバは紫外線から弱い肌を守るために赤い汁を分泌すると説明していたが、フロウデスも同じように皮膚を守るために何かの分泌液を出しているのだろう。触った感じは、とても柔らかい革だった。皮の下にある脂肪は適度に厚みがあるが、その下に地上で時速50キロを出すだけの力を蓄えた筋肉がびっしりと詰まっているのだろう。
見ているうちにフロウデスの身体が端から魔素へと還っていき、残ったのは水色をした直径3センチほどの大きな魔石だった。身体に傷をほとんどつけなかったのが良かったのか、大きな皮が残った。
〈おおっ!〉
〈やったな、ミミル。運が良かったな!!〉
最初の1頭で皮がドロップしたのが嬉しいのか、ミミルは瞳を輝かせながら手にした皮を眺めている。
生皮なのでこれから余計な脂肪を落としたり、表面に残った毛や汚れを落としてから鞣す必要があるが、柔らかくて伸縮性に富んだ革になりそうだ。
だが、これでフロウデスを狩る目的は達したわけだ。早く橋を渡って次のエリアに進もう……と思って俺は安全地帯に戻る方へと足を向けた。それを見たミミルが俺に声を掛ける。
〈しょーへい、どこへ行く〉
〈フロウデスの皮は手に入ったし、次の領域に向かうんだろ?〉
〈いや、あとこの皮が3枚は必要だ〉
短辺が3メートル、長辺が5メートルはある皮だ。3枚も必要になる理由が俺にはわからない。
〈こんなに大きな皮だというのに、3枚も必要だっていうのかい?〉
〈そうだ。皮鎧にするのだが、尻の部分――ここが足りない〉
〈他の部分はどうするんだ?〉
〈この肩の部分は靴になる。あと、腹の部分は最も伸縮性が高い部分だから肘や膝のあたりを保護する部分に使う〉
〈そこまで素材の部位に拘るのか……〉
牛や馬の皮でも、部位によって伸縮性が異なる。例えば牛の場合、首の皮が一番厚く、肩が最も硬い。腹側の皮は柔らかくて伸縮性に富んでいるが。背中の皮は均一に繊維が揃っていて、厚みも一定で扱いやすい。尻から取れる部位はコシや強度もあり皺が少ない希少な部位だ。馬ならコードバーンと呼ばれる高級な部位となる。
〈特に尻皮は皮鎧の表面に使うことで、強度と美しさを得ることができる。それに、魔法付与に最適なのだ〉
〈へえ。どんな効果をつけるんだ?〉
〈斬撃耐性、刺突耐性、打撃耐性などが一般的だ〉
〈それも魔法でつけるのかい?〉
〈布の場合は魔法だけでつくるが、強度不足で5層までしか使えない。6層以上になると、皮を使って触媒を用い、魔法を付与して耐性をつけることになる〉
〈なんか、難しそうだな?〉
〈そうでもない。触媒の入手はたいへんだがな。とにかく、しょーへいはあと3枚、手に入れろ〉
皮の鞣しは大変だ。それを知っているだけに、作ってくれるのはありがたい。
ここは素直に3頭分、集めるとしましょうか。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






