第456話
賄いで出したロゼッタとランプレドットのパニーニを朝食にし、ミミルのお籠りタイムを終えた俺たちは、ダンジョン第3層へと移動した。お籠り時間は結構長いので、俺はダンジョンを出て待たせてもらった。こうすれば、ミミルが第2層で1時間かけてお籠りになっていても、地上にいる俺の待ち時間は6分だ。
そうして第3層へと移動した俺とミミルは、ウリュングルブとリューク、トリュークが棲息するエリアを抜けた安全地帯にやってきた。正面に見えるのはフロウデスのいるエリアで、南へと進めば石でできた立派な橋があるところだ。
〈少しフロウデスの素材が欲しい〉
〈何に使うんだ?〉
〈フロウデスの皮は柔らかく弾力性が高い。そのままでは弱い皮だが、鞣すことによって柔軟性、弾力性はそのままに、強度の高い革になる。第5層以降のしょーへいの装備になる〉
〈作ってくれるのかい?〉
〈そのつもりだ〉
そういえば、いま着用している靴は米国製の重たい安全靴仕様なブーツだが、それ以外はミミルのお手製だ。ダンジョン素材を使ったもので作られていて、ダンジョン第5層までは通用すると言っていたはずだ。
第3層を制覇するのなら、その先のことを見越してそろそろ第6層以降にも通用する装備を作ってくれるということだろう。非常にありがたい話だ。
〈ありがとう。俺にはできないことだから、とてもありがたいよ〉
〈ないといけないものだ。仕方がない〉
遠くに見えてきたフロウデスへと視線を向けてミミルが言った。先日、第3層を回ったときはフロウデスを狩らなかったが、それはあくまでもラウン探しをするため。今回は第3層攻略が目標だが、第4層、第5層の攻略に向けた素材集めも合わせて行うということだろう。ただ、地上に戻ってからのことを考えると、早めに済ませたいところだ。
〈こいつら、水の中にいるんだろう?〉
〈チキュウのカバという動物に似た性格をしている。縄張り意識が強いから、近くに行けばすぐに水の中から出て追いかけてくる。そこを叩く〉
〈どうやって近づくんだ?〉
ミミルは「近くに行けば」と簡単に言うが、ここは湿地帯だ。俺が入ると足を取られるのは間違いない。フロウデスが水中から這い出てくる場所まで逃げるのは難しい。
〈ここは一面が沼だ。その上に浮草が島を作っている。いま立っている場所も、浮草の上だ〉
〈へえ……〉
〈フロウデスは水中で暮らしやすいように浮草を削って水路を作り、そこで暮らしている〉
〈チキュウのカバと同じだな〉
〈うむ。しょーへいが浮草の上を歩いても沈んだりすることはないから、心配せずにゆっくりと近づくといい。フロウデスは巨体だから、這い上がるときに足下が揺れるから近づきすぎないように気をつけろ〉
ミミルは簡単に言うが、カバは陸上でも時速50キロ近い速度が出るという。まあ、これまでに出会ってきた魔物もそれくらいは出ていたと思うので慣れたものだが、どれくらいまで近づけばいいか見当もつかない。
〈お手本を頼むよ〉
〈ふむ。しようがないな〉
ミミルは呆れたように両手を肩の高さまで上げ、溜息を吐くと近くに見えるフロウデスに向かって歩き出した。カバはメスを中心に集団生活するが、オスは基本的に単独行動だ。フロウデスも似た習性をもつのなら、オスの可能性が高いってことだろう。
浮草の上を歩き、ミミルが目標のフロウデスへと近づいていく。残り30メートルといったところで、フロウデスが聞いたことがないような音を立てて威嚇の声を上げた。腹の底に響くような重く、それでいて掠れた感じで途切れる不思議な音だ。
ミミルは威嚇をものともせず、更にフロウデスへと近づいていく。残り20メートルというところで、フロウデスは頭を水の中に沈めた。そして重そうな巨体を持ち上げて後脚で立ち上がり、浮草の上に前脚を載せて、水から這い上がってくる。
『魔法で切り飛ばさないのか?』
離れて様子を見ていることもあり、声を出しても届かないかもしれないので俺は念話でたずねた。
短い前脚を浮草の上に載せ、頭を左右に振りながらなんとか浮草の上に這い上がろうとしているフロウデスの姿はどこか滑稽で可愛らしいのだが、このタイミングがフロウデスが最も無防備なタイミングのような気がする。
『それでは手本にならんだろう』
『確かに……』
『それに、近づきすぎると飛びついてきて、噛まれることがある』
『なるほど』
あの巨体で時速50キロで動くのだから、後脚の力は相当なものがあるはずだ。水底に脚がつく場所なら、飛び掛かってくる可能性があるのも理解できる。
浮草の陸地はテニスコート数面分はあるが、巨体のフロウデスが這いだしたところで少し揺れた。
ミミルは先ほどの位置から数歩下がっているが、やはり20メートルほど距離を置いたままフロウデスに対峙している。
「さて、お手並み拝見というやつだな」
呟いた俺は、魔力視を目に纏い、ミミルの戦い方を見つめるのだった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






