第452話
動物の生態を紹介するネット動画を二時間ほど見た。
キリンの後にでてきたのはシマウマだ。案の定、ミミルは《《シマンマ》》としか言えなかった。とはいえ、シマウマの話が終った頃にはちゃんとシマウマと言えるようになっていた。
「ダンジョンにはいないのか?」
「シマウマ、いない」
「似た魔物もいないのか。まあ、草食系動物だからなあ」
第2層にいたキュリクスやブルンヘスタ、ルーヨなども草食系の動物を元に再現された魔物だろうことは予想できた。自衛のためなのか角が明らかに凶暴になっていたが、広い視野を確保できる目のつきかたや、尖った犬歯がないことなどがそう感じた理由だ。
「シマウマ、どこ、いる?」
「アフリカだ。ここからだと、1万キロメートルは離れていると思うぞ」
「いちまん……」
ミミルは宙を見上げて、考えている。エルムヘイムの文明レベルから考えるとそれを想像できるだけの距離感を得られるものがなさそうだ。
「地球一周で約3万キロメートル。だから、3分の1だな」
「むう、とおい」
ディスプレイモニタにはアフリカの雄大な夕焼けを背景に、キリンやシマウマが悠然と歩く姿が影絵のように映し出されていた。
スペインとケニアだと同じくらい離れていたはずだ。直行便の飛行機で移動しても14時間くらいかかる。ちょっと見に行こうか、と気楽にいける距離ではない。
「まあ、シマウマを見るだけなら近所にもいるぞ」
「――えっ?」
さり気ない俺のつぶやきに、ミミルが目を丸くしてこちらへと視線を向けた。
「日本にはあちこちに動物園といって、世界中から集めた動物を飼っているところを展示する場所があるんだよ。シマウマ、キリンくらいならいると思うぞ」
「ミミル、《《ぞーぶつえん》》、いきたい」
「どうぶつえん、な」
すぐに俺が指摘した間違いを正そうと「どーぶつえん」と発音を繰り返しているミミルを眺め、今日は定休日だから少しくらいなら動物園に行ってもいいか、と俺は思った。
野菜や機械式時計を買いたいので出かけるのは確定していたことだ。だが、地下鉄で行くには下りてから遠いし、移動する駅数の割には乗り換えが面倒な場所に動物園はある。
「ミミル、どーぶつえん、いきたい」
「わかったわかった。明日は店が休みだし、買いたいものもあるから連れていくよ」
「おおっ!!」
万歳をするように両手を上げ、ミミルが喜んでいる。まだ、「やったー」といった言葉を使い慣れていないから、出した声は可愛くない。だけど、とびきりの笑顔をみせてくれた。
20分ほどして、俺とミミルはダンジョンに入ることにした。
ダンジョン第2層で7時間くらい寝て、食事を済ませてから地上に戻って来ても、地上では1時間ほどしか経過してない。ミミルはダンジョンの中で漢字の勉強をしたいのだろう。
既に警備システムを作動させているので、今日は2階のベランダを抜けて非常用の梯子を使って1階に下りた。
アルミ製の梯子はどこか頼りないが、中ほどまで下りてから飛んで下りた。正直なところダンジョンで身体能力が飛躍的に向上した俺の身体ならベランダから飛び降りた方が早いだろう。それでも梯子を使ったのは、下りる先が狭いからだ。
誰もいないから客席の縁側から見える場所に飛び降りてもいいのだが、そうすると庭の方が傷んでしまう。
「2層でいいんだよな?」
「3層」
「なんでだ?」
「みせ、やすみ。じかんある。こうりゃくする」
「食べるモノとか用意してないぞ?」
「キュリクス、いっぱい集めるした」
確かに、ミミルと一緒になってキュリクスをまとめて狩ったし、肉類は充分に確保できている。
田中君が試しに焼いたフォカッチャ、俺が焼いたロゼッタもあるし、パートやバイトの4人が練習した新しいカフェラテも大量にできている。残しておいても客に出せるモノでもないので俺たちで大事に頂くつもりだ。しかし、仕入れて何も手を付けていない野菜や肉などは流石にダンジョンに持って行くのは憚られる。
今朝は魚屋を通ってウニを買っているものの、八百屋は開店時間前だったので行けていない。野菜類は既に中サイズのジャガイモが1つと、赤と黄色のパプリカが1個ずつといったところだろう。一方、ダンジョン系の野菜はたくさん残っている。先日、収穫した……というか、ダンジョンで手に入れた米に似た穀物、リズもある。
「野菜が足りない」
「やさいない、しぬ、ない」
「そりゃそうだけどさ。お通じの問題とかあるだろ?」
俺の返事に対し、ミミルが赤い顔をして、唸るように「ウウウッ」と言った。
〈魔素に最適化された身体であれば、食事そのものは消化器官を維持することと、食欲を満たすという目的以外の意味はない。だから草は食わなくてもいい!〉
捲し立てるように俺に告げると、ミミルは拗ねたように転移石に触って消えてしまった。
結局、行先を決めないままミミルが消えてしまったので、俺は第3層で良いのだろうか、それとも第2層が良いのだろうかと悩む羽目になってしまった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






