第451話
端から高速で齧るミミルが、両頬をチュロスでいっぱいにしていく。
目を転ずると、ディスプレイモニタに映っているのはカバの生態を紹介する動画だ。
図鑑の中であるていどは動物が紹介されているが、ミミルに買い与えたのは動物図鑑ではないので、個々の動物がどのような生態をもっているかなどは書かれていない。それはカバだけでなく、他の動物も同じだ。
カバの英名はHipopotamasで、ギリシャ語で馬を意味するHippoが語源。川の馬という意味になるらしい。
普段は水中で暮らし、夜になると陸地に出て40キロほどの草を食べるのだが、非常に縄張り意識が強く、獰猛な性格をしているという。アフリカで人が最も襲われることが多い野生動物だそうだ。
大きさはオスで4メートルほどになり、体重は3トンを超えるらしい。俺の愛車は3メートル60センチくらい。重さが1トン程度だ。国産高級車で4メートル70センチくらいで、重さが2トン程度。
テレビで見た通り、湿地の中で自分たちで移動しやすい水路を作ってその中で生活しているらしい。確か、ダンジョン内にいたフロウデスという魔物が似たような生態をしていたからカバのことを調べるってことになったんだ。
「ミミル、えっと、フロウデスに似てるか?」
「かお、あたま、ちだう」
「それは俺も見ればわかるよ。っていうか、《《ちがう》》だ」
「ちだう、ちが、う」
「俺が知りたいのは生態が似ているかってことだ」
「せいたい、なに?」
「動物、生物が生きるためにどんな活動をしているか、だな」
「フロウデス、まもの。まもの、たべる、ない」
「そうだな。魔物は食料を必要としないんだったな。でも、他の活動があるだろう?」
「はいせつ、こうび、ない」
「まあ、食べなきゃでないしな。生殖もできないし」
確かに基本的な部分については地球上の生命体とは異なる存在だからしようがない。
それ以外の生態で言うなら、昼間は水の中で暮らし、夜は陸地に出て暮らしたりするという部分や、縄張り意識が強くて攻撃的だとかだろうか。
「かわのうま。かわのうま、いみおなじ」
「フロウデスという名前は、エルムヘイム語で《《川の馬》》ってことか」
「ん、おなじ」
エルムヘイム共通文字――ルーン文字を使った綴りは知らないが、少なくともフロウデスの顔はワニに近い。
「ブルンヘスタとは見た目も全く違うのに、どうして《《川の馬》》なんて名前がついたんだ?」
「ミミル、しらない。むかし、なまえ、できた」
俺も、ヒポポタマスという英語名がついたときにその場にいたわけではないから、ミミルの言い分も理解できる。
日本語でもカバは河馬と書くし、昔の人には馬のように見えたのかも知れない。だが、いまからそれを確認する術はない。
「地球のカバは夜に活動するようだけど、フロウデスはどうなんだ?」
「よる、まもの、あわない。ミミル、しらない」
「そりゃそうか……」
「むれ、つくるはおなじ」
いまのところ、カバとフロウデスの共通点は、湿地に住んで自分たちで水路を作って群れで暮らす。名前の意味はどちらも《《川の馬》》ということくらいだ。
他にカバの特徴は皮が薄いということと、紫外線から体表を守るための赤い分泌物を出すことくらいだろうか。だが、実際にカバの皮の強度がどの程度なのかわからないし、比べようがない。
また、ダンジョン内は魔素で作られた太陽のようなものがあるだけで、紫外線を含んでいるかどうかはわからない。いや、俺なら見えるようにできると思うが、どう考えても目に悪いので確認する気にはならない。
他の宇宙にある惑星に住む生物が、偶然にも湿地帯で群れを成し、水路を作って暮らしていて、大きさは地球のカバくらいあるが、頭はワニに似ている――以前からミミルが言っているとおりであれば、それだけのことだ。
だが、川に橋杭岩やキノコ岩のような橋があったり、頭がワニに似たカバのような魔物がいる――いっそのこと、ミミルがいたエルムヘイムと同じように、エルムヘイムの王であるユングヴィ三世が作ったことにしてもらった方が納得できるのだが、そうなっていないのにはまた理由があるんだろう。
カバの生態を紹介するコンテンツが終了し、ディスプレイモニタにはキリンが映っていた。
「キリン?」
「ああ、そうだ。ダンジョンには似た魔物はいるのか?」
「キリン、にてる、いない」
「そうか」
動画を使えば地球の動物を見ることができるし、日本語だけど解説もついている。
「解説の内容はわかるのか?」
「ぜんぶ、わかるは、ない」
「説明の声を真似してみるか?」
アニメのときと同じ効果があるはずだ。助詞、助動詞、副詞、副助詞……真似することで覚えやすくなるなら、動画ナレーションの言葉は丁寧できれいで良いと思う。アニメだけで学ぶよりは良い言葉遣いになる気がする。
「じゃあ、真似してみようか。わからない言葉があれば、たずねてくれればいい」
俺の言葉を聞いたミミルは、早速ナレーションの女性が話すことを真似し始めた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






