第5話
「ここでは耳の先が尖っている想像上の種族をエルフと呼ぶ人達がいるんだ」
『そうぞう……』
俺の説明にミミルが言葉を失ったが、彼女が嫌がるようなこと言っただろうか?
それとも、実際に存在しているというのに、想像上の生物として扱われていることにショックを受けたのか?
「想像」ではなく「創造」とか変換されて彼女に伝わっていて、神様のように思われているなどと勘違いされても困るな。彼女の言葉がたどたどしいところを見ると否定しきれないところが怖い。
人間離れした美しさと耳の形状、ミミルが自称する年齢とのギャップ。そして、言葉が通じないながらも要所要所だけは翻訳されて伝わってくる念話……などを総合すると、異世界からやってきたという話も満更でもない気がする。
そして、すべて信用するのであれば、ここに親がいないことも理解できる。128歳という年齢で親と行動を共にするとか、考え難い。
でも、こうなったらさっさと本題に入るべきだ。
「ところで、この穴なんだが……元に戻せるのか?」
俺にとって一番大事なことだ。
戻せるなら、開店するまでの間でなんとかしてしまいたい。
明日からはいろんな業者がやってくる。厨房機器の搬入と設置、客席のテーブルに椅子の搬入設置などでバタバタとする中、開いた穴を塞ぐ工事まで調整して実施するのはたいへんだ。
『でぐち……こてい。へんこう、ふか』
「なんだって!」
しまった、大きめの声で反応してしまった。
ミミルが驚いたようで、一歩だけ後ずさった。
彼女の言葉はとぎれとぎれなのでわかりにくいが、「出口は固定されていて、変更は不可能」ということなのだろう。
つまり、この穴はこのままっていうことなのか?
いや、そもそも出口ってなんだよ。
「あ、ごめん。その、“出口”ってどういうことだ?」
謝罪ついでに俺が尋ねると、ミミルはコクリと頷いて、また頭の中に話しかけてくる。
『せつめい、せいり。まつ』
単調な単語の羅列でしかないが、何をいいたいのかは伝わってくる。
ミミルはまたおとがいに人差し指をあてて、目を宙に泳がせる。
変な作り話を考えているのかもしれないと疑いそうになるが、実際にはこの調子で詳しいことを説明するのも難しいのだろう。わかりやすく説明するために一度整理したいのもわかる気がする。
しばらくは、かわいらしい仕草で考え事をしている彼女の姿を見ていたが、よく見ると土埃塗れだ。
穴を掘るときに被ってしまったのだろうと考えていると、ミミルも整理が終わったようで、おとがいにあてた指を下ろし、俺の目をまた見つめて、ジェスチャーを加えて説明を始めた。
まずは、大きな丸を両手で描きながら俺の頭の中に話す。
『わたし、うまれた、せかい……うちゅう』
そのとなりにまた大きな丸を両手で描く。
『ほか、うちゅう』
ふたつの大きな丸の間に両手を広げた。
『うちゅう、うちゅう、あいだ、いじげん』
恐らく、ミミルが生まれた世界の宇宙と、他の宇宙がある。その間には異次元の世界があるとでも言いたいのだろう。それくらいは伝わってくる。
『いじげん、しげん。
てつ、どう、きん、ぎん……こうぶつ。
しょくぶつ、どうぶつ、いる……とれる』
「異次元には鉱物と植物、動物などの資源があるということかな?」
俺が確認のために、聞いたことをまとめるとミミルはこくりと頷き、先を続ける。
次にミミルは片手を水平にして、こちらに向ける。
こんな説明を全身で表現してくれているのがとても可愛らしい。
とても128歳とは思えないな。
こういう、見た目は少女だけど、実年齢が高いのを一部ではロリババアって言うんだっけ?
まぁ、あまりいい言葉じゃないなぁ……。
『むぅ……いま、へん、かんがえ!』
ミミルは口を尖らせる。
顔に出ていたんだろうか?
まぁ、俺も同じような立場だったら機嫌も悪くなるわな……。
「いやいや、そんなことないよ。変な呼び方しないようにしなきゃって思っただけだ」
『まじめ、きく!』
ビシッと指されたよ。全然怖くないけど、いきなり指されると少し驚いてしまった。
まぁ、子どもじゃないみたいだし、まじめに聞いてあげよう。
『いじげん、そう』
更に手を交互に重ねるように見せて、ミミルは説明する。
『そう、そう、つなぐ……』
ん?
彼女が言う「そう」とは「層」なのかな?
何層にも重なっているものということか?
『ぜんたい、“ダンジョン”』
「え? ダンジョン!?」