第448話
ミミルが風呂から出て、部屋に戻ってきた。
手をパタパタと扇ぎながら「あつい」と呟くミミルは上気しているのか、その頬は紅をさしたように赤い。不思議なのは、既に髪が乾いているところだ。恐らく魔法で風を送って乾かしたのだろう。ドライヤー代わりにできるなら、今度どのようにしているか教えてもらおう。
「ミミル、ちょっといいか?」
「ん。なに、よう?」
「毎日、漢字の勉強をしているからさ。発音の練習もした方が良いと思うんだ。今日はいっぱい日本語で話したから、少し上手くなってただろう?」
「ミミル、上手くなった?」
「少しだ、少し上手くなった。だから、もっと話した方が良いだろうと思ってね」
途中まで話したところで、俺はストリーミングデバイスを操作して、先ほどまで悩みに悩んだアニメを再生した。
日本の昔話シリーズは日本人なら必ず子どもの頃に見たことがあるだろう番組なのだが、いかんせん話し方が古すぎる。そのセリフの影響を受け、変な語尾癖がついても困る。ミミルが「~じゃ」なんて言葉を語尾につけだしたら、真のロリババア誕生にしかならない。
結果的に選んだのはギネスブックにも認定されている「最も長く放映されているテレビアニメ番組」だ。言葉遣いに違和感がなく、日常の会話があって違和感がないのでこれにした。
シリーズとして50年以上続いているので、ストリーミングでは傑作選しか見ることができないが、それでもミミルの日本語習得に役立つだろう。
「これはテレビで放送されているアニメだ。絵が動いているように見えるだろう?」
「ん。す、すごい」
「その動く絵に声優といわれる職業の人たちが声をあてて作られている。ミミルはアニメを見ながら、アニメの中で声優がしゃべった内容をそのまま真似するといい」
「まねする?」
「声を真似るんじゃなくて、アニメの中に出てくる人が話したことを、そのまま同じように言うんだ」
「まねする、ミミル、どうなる?」
たぶん、文法的に言えば助詞や助動詞、副詞などを上手く使った話し方を自然に覚えてくれるんじゃないか……と俺は思っている。
「もっと日本語が上手になると思う」
「おおっ、ミミル、がんがる」
「うん、《《がんばる》》、だ。そういう発音も正しくなると思う」
「ん、がんばる」
このアニメは配信サイトに300話以上掲載されていて、自動で続きを再生してくれる。その間に俺も風呂でゆっくりできるというものだ。
「じゃあ、風呂に行ってくるよ」
「ん」
ミミルに告げるとウォークインクローゼットに入り、着替えを選ぶ。
早速、ミミルがアニメの音声を真似して話す声が聞こえてくる。
「サバオ、まちなさい!」
あの家の長男は悪さばかり考えるのでミミルへの教育上良くない気がしてきたが、俺は少し様子を見ることにして風呂へと急いだ。
30分ほどで風呂を出て、部屋に戻った。
「ばかもーん!」
なぜか、扉をあけるとミミルに叱られた。
怒られるようなことをしたかな、と俺は一瞬考えた。
そうだ、風呂上がりで気が緩んでいたのか、昨日までと同じような感覚でいたから忘れていた。店の警備を開始しないといけなかった。
慌てて自宅玄関に行って、カードをタッチする。監視開始の警報音が鳴り、30秒ほどで停止した。
警備開始を忘れていたことを思い出させてくれたという意味では、ミミルに「ばかもーん!」と叱られたのは正解なのかもしれない。いや、ちょうど配信されているアニメの中でサバオが父親のカミヘイに叱られたところだったのだろう。それをミミルが真似しただけだ。
そう考えると、やっぱり選ぶアニメを間違えたような気がする。
部屋に戻ってミミルが見ていたアニメを見ると、また次の話へと変わっていた。1日の放送で3話。1話あたり7分程度でまとめられた話がセットになっている。途中で中断しやすいので、ありがたい。
「オクラちゃん、いっしょにあそびますか? はーい!」
基本、「はーい」と「バアブ」のオウム返ししかないキャラクターのオクラちゃんと、まだ幼くて話し方が子どもなトビオ君の会話までコピーしている。その2人の話し方まで覚えてもいいのかと心配にはなるが、ミミルと一緒に見ているとトビオ君はとても丁寧な話し方なので問題はなさそうだ。
「ミミル、この話が終ったら中断してくれるかい?」
「ん、わかった」
早速だが、返事に変化があった。こうして少しずつ慣れて行ってもらいたい。
冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ミミルと共に配信されている話を見る。賢いミミルのことだから、会話をコピーして発音していても内容は理解しているだろうと思う。ならば、この番組で描かれる日本の家族の風景はとても興味深い内容だろう。
確か、作品タイトルになっている長女のアワビさんと、長男のサバオ君の年齢差はアニメの設定で12歳くらいあったはず。原作が生れた時期は第二次世界大戦の終戦間もない頃だったから、父親が兵役に行っていた家庭では子供たちの間に歳の差があるのはよくある話だったって聞いたが……姉弟の年の差の質問がミミルから出たら、どう答えようかな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






