第435話
田中君がドルチェの乗った皿を運んでくると、俺の前から順にそれを置いていく。
皿には、型に入れて固めた白くて丸い物体が載っていて、ふわりとシナモンの香りが漂ってくる。
「へえ、ビアンコマンジャーレ(Biancomangiare)か」
イタリアの伝統的な料理レシピにも名前があるシチリアの菓子だ。サルディーニャ島ではパパイ・ビアンク(Papai biancu)と呼ばれる。
「ビアン?」
「?」
「白い、マンジャは食べるっていう意味やから、白い食べ物?」
うまく聞き取れなかったのか、吉田さん、中村さんが少し呆然としている。イタリア料理店の厨房経験もある裏田君は意味がわかったようだ。
「そうですよ。イタリア語で白い食べ物っていう意味です。でも、ブランマンジェの方が耳に馴染みがあるんとちゃいます?」
「ああ、ブランマンジェ!」
田中君が裏田君の呟きを拾って説明すると、皿の上にあるビアンコマンジャーレを凝視していた中村さんが目線を上げ、思いだしたかのような声をあげた。
だが、吉田さんはブランマンジェのことも知らなかったようだ。
「え? パンナコッタとどうちゃうの?」
「パンナ(Panna)は生クリームのこと、コッタ(cotta)は調理するとか、煮るとか……そんな感じの言葉で、牛乳や生クリームを煮てゼラチンを入れて固めます。ブランマンジェは牛乳と砂糖、アーモンド粉に浮き粉(Wheat Starch)やコーンスターチを入れて固めるんです」
田中君の解説に耳を傾けていると、ミミルが既にひとくちめを口に運んでいた。
田中君が作ったビアンコマンジャーレは直径5センチほどの大きさで、一度に多くは掬えない。だから、肉を食うときのように両頬を膨らませて食べるということはなく、ただ顎を動かしているのが見えた。
「ミミル、美味しいか?」
「ん、ねっとり、でも、あっさり」
「そうそう。牛乳とアーモンドプードルをつこててさっぱりしたはるし、浮き粉をつこてるさかい舌触りはねっとりしたはるね」
田中君がミミルの感想を聞いて、解説を加えた。
俺もひとくち食べてみたが、パンナコッタのようなつるんという感じではなく、食感はねっとりと重い。ただ、パンナコッタのように動物性脂肪のもったりとしたコクが少ないぶん、味はとてもやさしく食べやすい。
これは季節によるが、イチゴなどのフルーツを添えるのもいいし、ソースにして添えるのもいい。コーヒーやチョコレートのソースでも良いと思う。
「ババロアとかとはどうちゃうの?」
食べながら吉田さんが更にたずねた。すかさず田中君が説明を始めた。
「ババロアはフランス発祥の料理で、ドイツにある『バイエルンの』と言う意味があるんです。パンナコッタとの違いは、卵が入るかどうか。ブランマンジェとの違いは、固めるのに浮き粉を使うか、ゼラチンを使うかという違いがあるんと、アーモンドプードルを使うか、卵を使うか……の違いです」
皆は田中君の言葉を聞きながら、ビアンコマンジャーレの味を味わっている。
裏田君と吉田さん、中村さんはミミルと同じようにパニーニをひとつ半、食べているというのにビアンコマンジャーレをすぐに食べ終えている。
「ちゃんと商品として出すんだから、覚えておいてくださいね」
と、俺が言うとまた吉田さん、中村さんが慌ててメモを取り始めた。ついでにもう少し知識をつけてもらうことにしよう。
「9世紀頃にシチリアがアラブ人に支配されていた頃に入ってきた料理と言われていて、その白い姿から13世紀頃に神聖な菓子としてヨーロッパに広がったんだ。ただ、初期のブランマンジェはシチリアのレシピとは違ったようだけどね」
「へえ、どうちゃいますのん?」
「茹でた鶏肉を叩いて潰し、そこにアーモンドを加えたら、ワインやシナモン、クローブ等の香辛料を加えて作る料理だったらしいよ」
「そんな、シナモンとかクローブ、鶏肉を入れたらもう白うないやないですか」
「だよな」
裏田君が言うとおり、クローブは濃い赤茶色をしているし、シナモンは淡い茶色をしている。鶏肉自体は火が通っても茶色系統の色をしているわけで、白く固まることが想像し辛くて俺と裏田君は声を出して笑った。
ミミルを除く他のメンバーも頬が緩んでいるので、だいぶ打ち解けた感じになったと思う。
「まあ、とりあえずメニューにはビアンコ・マンジャーレと書くからそのつもりでいてくれ。知識としては、このビアンコマンジャーレが9世紀頃にシチリアで生まれ、神聖な白い菓子としてヨーロッパ全土へと広がっていったこと。フランス語ではブランマンジェというポピュラーなデザートになっていること。パンナコッタは砂糖と生クリーム、牛乳、砂糖、ゼラチンを主にまとめて作ったもの。一方、ビアンコマンジャーレというのは生クリームや牛乳、砂糖の中に浮き粉を使って固めるという料理だということです。
接客上、どうしても必要になる知識なので、必ず覚えてください。いいですね?」
俺が長々と言いたいことを並べると、吉田、中村のパートコンビは慌ててメモを取り始めた。
明日、1日は休みの予定だが、休みが明けたら裏田君や田中君を含めて商品知識もしっかりとついたことを確認しないといけない。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






