第427話
魚屋を後にした俺とミミルは、商店街突き当りの神社にお参りして帰路についた。
「しょーへい、おなかすいた」
「ん? ああ、そうだろうな」
時計を見ると9時半だ。俺たちが地上に戻ったのが6時少し前だったので。朝食を食べてから5時間半ほど経過している。ミミルが腹を空かせるのも無理はない。
「またチュロスでも食うか?」
店の玄関扉の鍵を開けて扉を開きながらミミルにたずねた。
「おひるごはん?」
ミミルは少し期待に満ちた視線を俺に向けるのだが、今から本気で食べてしまうと昼の賄いを食べられなくなってしまう。
「違う。昼の賄いは3時間後くらいだな」
「チョロス、たべる」
なんだか発音が間違っているが、慣れるまではしかたない。
他にも田中君が作ったものですぐに食べられるものがあるが、おやつ感覚で手軽に食べられるものとしては、チュロスが最適だ。
店の中に入り、扉を開けて厨房に入る。
ほぼ正面にはピザ窯が鎮座していて、その上にアナログ時計がある。時刻は9時半を少し過ぎたところを指していた。
「ミミル、先日のことだけど、方向を示す際に時計の文字盤の位置を使うって話をしただろう?」
「ん。しょーめん、れいじ」
「あそこにあるのが時計。文字盤に数字が書いてあるだろう?」
「じゅうに、さん、ろく、きゅう、すーじ」
「あの文字盤が足下にあって、自分が向いている方向を0時、右手側が3時、左手側が9時になる」
じっとミミルは文字盤を見つめている。実際に時計を使った時刻の読み取りって何年生でやるんだっけか。確か俺は2年生の時に学んだような気もするが、記憶があやふやだ。
「1日は24時間だから、時計はそれを半分にして時刻を表示していると思えばいい。短い針が何時かを指し、長い針が何分かを指す。細い針は秒を指しているんだ」
「ん、りかい」
「方向を示す際は、伝える相手と同じ方向を見て、何時の方向などと言えばいい。わかったかい?」
「ん、だいじょうぶ」
こういうところはミミルの飲み込みが早くて本当に助かる。
ただ、実戦で同じ方向を向いてから、教えてもらえるかはいまのところ不明だ。
とりあえず、ミミルに伝えるべきこと……アナログ時計の説明は終った。
俺とミミルはそのまま厨房を通ってテーブル席の方へと移動した。とりえず、ミミルが腹を空かせているので、カウンター席にミミルを座らせ、淹れたてのカフェ・ラテを作りミミルに差し出した。
空間収納に仕舞っている、耐熱ガラス容器に入ったカフェ・ラテもあるのだが、それを使ったところで今日もフロア係の4人が練習して新たなカフェラテ入りガラス容器が爆誕するので、あまり意味がない。
それに、温めなおしたものより、淹れたての方が美味いのは間違いない。地上にいるときくらいは淹れたてを飲ませてやりたいから気にしないでおくことにする。
ミミルは差し出されたカフェ・ラテに砂糖を3杯入れて、スプーンで混ぜ合わせる。
その間に俺は空間収納から田中君が作ったチュロスを取り出し、パン皿の上に載せると、シナモンパウダーやパウダーシュガーを振りかけてミミルに差し出した。
差し出されたチュロスを見たとたん、ミミルの目がキラキラと輝き、俺へと向いた。
「食っていいぞ」
「やった!」
「いただきますな?」
「むぅ、いただきます」
チュロスを食べられると気が逸っていたミミルにブレーキをかける形になったので、一瞬不機嫌な顔をされた。
とにかく甘いものを摂取したいという気持ちはわからなくもないが、地球で暮らす以上は最低限のことはできる子、娘であって欲しい。
甘いチュロスを齧り、甘いカフェ・ラテでそれを流し込む。
そんなミミルの姿を見ているだけでゾッとするが、地球の子どもなんてこんなものだよなあと思うと、あまり厳しくするのもよくない気がする。
だが、見た目は子どもなだけで、地球だとギネスに認定されるほどの高齢者だ。やはりそれなりに大人な対応をして欲しい。
「おはようございます」
店の扉を開け、裏田君の声が響いた。
俺とミミルは客席のカウンターにいるので、大きく声を出して返事する。
「おはよう!」
ミミルはいつものように口いっぱいになるまでチュロスを頬張っていて声さえも出せなかった。まあ、しようがない。
そのまま扉を開く音がすると、階段を上がる音がした。生真面目な裏田君のことだから、すぐに着替えに行ったのだと思う。
「もうひとつ」
「あ、うん。ほら」
裏田君が出勤してきたことだし、俺も厨房に入りたい。
田中君が追加でパン用の酵母を仕込んでくれているのだが、残っていた老麺を使い切りたいと思っていた。バケット用のものは新たに仕込んだものを使うとして、手をつけていなかった他の老麺を使うことにした。田中君の初出勤から2日経っているので、そろそろ使わないといけない。
ミミルに追加のチュロスを用意して差し出すと、俺はミミルに声を掛ける。
「そろそろ着替えて仕事に入る。ミミルはまた昨日のテーブルで勉強してればいい」
「ん」
小さく返事をしながらチュロスが載った皿に手を伸ばすミミル。
こりゃたぶん俺の言ったこと聞いてないな、と思いつつも俺は着替えのために2階へと向かった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






