第422話
〈この、文字がカノ、後ろが五文字でミミルと読む。カノは灯火や知恵を意味する文字であり、1文字の場合はカノと読む〉
ミミルが〝ᚲ.ᛗᛁᛗᛁᚱ〟の先頭にある文字を指さして説明してくれた。
そういえば北欧神話の書籍の中に、主神であるオーディンがルーン文字を発見したという記述があった。誰も知らない木の枝先に自らを逆さに吊るし、槍で自傷しながら飲まず食わずで9夜を過ごすと、ルーン文字を読み取って下に落ちたと書かれていた。正直、どこにある文字を読み取ったのか理解できなかったのだが、神話なのだから都合よく書かれているのだろう。
地球で見たアニメなどではルーンを使った魔術を扱うモノもあったので、地球のルーン文字もエルムヘイムと同様に意味を持つ存在なのかも知れない。
〈チキュウに残っているエルムヘイム共通文字に同じような意味があるか、戻ったら調べてみるよ〉
俺は空間収納に仕舞っていたメモ帳を取り出し、忘れないようにそこにルーン文字の意味を調べるように書き加えた。あわせて、象形文字以外の漢字を説明する動画のことも追記しておく。
ミミルはメモを書いている俺の様子を見て、〈ふむ〉と返事をすると、漢字ドリルへと意識を向けた。
空間収納の制限事項についてはミミルに確認したので取り消し線を引いておく。
アナログ時計
カバの生態
橋杭岩とキノコ岩
急がば回れ
(買い物)模造紙、分度器、機械式時計
(調査)ルーン文字の意味
(調査)象形文字以外の漢字を説明する動画
メモの項目が1つ減り、新しく2つ増えた。
いい加減、消化していかないと貯まる一方だ。
ミミルは完全に漢字ドリルに集中しているようなので、俺も北欧神話についてもう少し読み進めることにし、さっきまで座っていた自分の簡易ベッドに戻った。
そこに開いたままになっていた北欧神話の本のページには、フレイの結婚について書かれていた。
フレイは巨人の娘であるゲルズに惚れてしまい、求婚の使者として下男のスキルニルを遣わせた。その際、フレイは聖剣レーヴァティンをスキルニルに授けてしまったとある。手元にある本では詳しい経緯などは省かれているようだが、聖剣を授けたことでフレイは後に困ったことになると書かれていた。
「困ったこととは?」と、俺は小声で呟いた。
少し疑問に感じたが、特に何も書かれていないのでどうにもならなかった。そして、聖剣のこととは別に気になるのが登場人物だ。
ミミルの話ではエルムたちの国――フィオニスタ王国の王はユングヴィ三世、王妃はゲーズという名で、宰相の名はスキルニルと呼んでいた。宰相がフレイの下男と同じ名前。王妃はゲルズとゲーズ――少し呼び方が違っているが、誤差の範囲と言えるだろう。もう、ミミルが言う王宮という場所にいる者たちは北欧神話に登場する神とその取り巻きであることは間違いない。
ならば、今後ダンジョンを攻略し続けるにしても、北欧神話の基礎的な知識がいろいろと役立つ可能性がある。
ダンジョン第2層では時間経過が地球の10倍になるから、まだまだゆっくりと過ごすことができる。ここは腰を据えてゆっくりと読み進めることにした。
関係する人物として、フレイの父親であるミョルズ、妹のフレイヤのことも書かれていた。
仲が悪かったアース神族とヴァン神族が和睦する際、ミョルズとフレイ、フレイヤの3人がヴァン神族から差し出されたと書かれている。
「アース神族は古い神であるヘーニルに賢者ミーミルをつけて差し出した、か」
俺は再び書かれた内容を小声でつぶやいた。
ヴァン親族が言わば人質としてニョルズとフレイ、フレイヤを差し出し、その交換としてヘーニルとミーミルを差し出していた。
昨日、この北欧神話の本を読んでいた思ったことは、ミミルと俺が夢の中で見た賢者の泉のことだが、もうひとつ気になっていたのはミミルとミーミル、名前が似ていることだ。
ふと目をミミルへと向けると、大きく欠伸をしてとても眠そうにしている。
ここでたずねるのも良いが、眠そうにしているミミルに申し訳ない気分になってきた。
確か、賢者の泉のことは第3層の出口部屋の壁に書かれているとミミルが言っていた。そこに、エルムヘイム側の伝承に出てくる泉の守り人のことが書かれているはずなので、第3層の出口に到達したらたずねれば良いだろう。
ミーミルのことは先送りにし、そのまま北欧神話を読み進めた。
ヘーニルはヴァン神族に軍隊の指導者を任されたが、ミーミルの助言が得られないときは自分で判断できなかった。そのことがヴァン神族の神々の怒りに触れ、ミーミルは首を刎ねられたという。
こう読むとあまり縁起が良い名前ではない気がするが……ミミルには言わぬが花というやつだろう。
ニョルズやフレイの話に続いて出てきたのはオーディンの子どもたち、バルドル、チュール、ブラギの三柱。その後はヘイムダル、エーギル、フリッグと説明が続いた。
今後の登場人物として説明が並んでいるのだろうが、オーディンは複数の女性と関係を持っていて誰が誰の子供なのかわからなくなって来た。更に、他にも登場人物が出てくるからタチが悪い。
少し混乱して来たのもあり、今日はここまでとすることにした。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






