第418話
ダンジョン内では電波が届かないのでスマホの電源を入れたままだと必要以上に電池が消耗する。だからダンジョンに入るときは電源を切るようにしていた。その際、スマホの画面を見るので、毎回ダンジョンに入ったときの時刻はだいたい覚えていた。だが、今回は電源を切るのを忘れ、時計も見ていなかった。だんだんと慣れてしまっていろいろと疎かになっているような気がする。
10時過ぎに皆が帰ったあと、メニューを作り終えた後に風呂に入ったので、たぶん1時過ぎくらいにダンジョンに入ったと思う。
ダンジョン第2層の1日は地上時間の約2時間半なので、恐らく地上は3時半くらいだ。いまから地上に戻るというのは早すぎる気がする。
中途半端にダンジョンを出たり入ったりすることは避けたいし、ここで夕食に3時間、また北欧神話を読むのに3時間。そこから7時間寝たとして計13時間を過ごせばいい。地上では1時間20分ほど経過することになる。予想では5時くらいに戻ることができるということだ。
裏田君、田中君が出勤する頃には保健所と消防署の検査項目は確認しておきたい。それぞれに1時間、計2時間かかるとしたら、8時半くらいまでにはすべて確認を終えておくことになる。
ダンジョンから出て風呂に入ることを考えると、更に1時間半、午前6時には地上に戻りたいと思っていたが、午前5時くらいになりそうだ。
〈ミミル、もう一泊してダンジョンで朝食を食べてから地上に戻る、で良いかな?〉
〈うむ〉
朝5時や6時くらいに地上に出たところで、朝食を食べさせてくれる店は限られている。それなら残っている昨日の試作品を食べてしまった方がいい。問題は地上で食べるべきか、ダンジョンで食べるべきか、だ。地上で食べれば時間潰しにはなるのだが、ダンジョンの中で食べる方が有効活用できる時間が増えるので、ミミルの漢字ドリルも捗ることだろう。
こうして、ダンジョン内でもうひと晩過ごすことになった。そうなると、このあとは祭壇の上で夕食の準備だ。
空間収納から簡易テーブルや椅子、簡易コンロ、焚火台、その他必要な道具を取り出し、組み立てていく。
一度、第2層で雨が降ったことがあったと思うが、それ以降は雨に見舞われたことがない。それに、寝るときは地下に入ってしまうのだから今日はテント無しにすることにした。グリンカムビはなぜか安全地帯で、しかもテントの中に自ら突っ込んできた。でもあれは特例だろう。
何百年もダンジョンの中で過ごしてきたミミルが初見だというのだから、恐ろしくレアな状況にあったに違いない。
だんだんと慣れてきたのか、俺も空間収納からモノを取り出すのが上手くなってきた。10分ほどで夕食を作るために必要な道具類を広げ、すぐに薪に火を着けた。
生パスタの生地が100グラムほど残っていたのでこれを使って1つはパスタを作ることにする。
野菜は、地上から持ち込んでいる野菜がほとんど残っていないのでダンジョン野菜のサラダにチャレンジしてみることにしよう。
前菜がサラダ、プリモピアットがパスタ、セコンドピアットが手に入れたばかりのファルの肉だ。
まずはギュルロをスライスして、千切りにしたものにオリーブオイルとワインビネガー、砂糖、塩、胡椒をしてしばらく寝かして置く。ニンジンで作ればキャロットラペだが、これはギュルロなのでギュルロラペ、と言ったところか。
タパスとして作るならニンニクや蜂蜜、マスタードなどを加えるが、残念なことに蜂蜜とマスタードがないのでフレンチスタイルになってしまった。それにギュルロの味は濃厚で食べやすいことを考えると、シンプルなキャロットラペの方が良いと思う。
次に、生パスタの生地を広げるべく、簡易テーブルの上に打ち粉を広げ、生地を置いて麺棒で均等な厚みになるよう伸ばしていく。約1ミリ半ほどの厚みになったら、ラビオリカッター――ピザカッターのギザギザ版のようなもの――を使って3センチ四方に切りそろえる。すべて切り終えたら、生地の中央部分を摘まんでギュッと固めていけば、蝶の形をしたパスタ――ファルファッレのできあがりだ。
続けて、ボンベノルを焚火台の網の上に置いて焼いていく。そら豆なら内果皮のおかげできれいな蒸し焼きになってくれるが、ボンベノルの場合はどうだろうと心配していたが、上手く焼きあがった。
鞘を摘まむ指先に伝わる熱は相当熱いが、鞘を取り、薄皮を剥いて皿に取る。
鍋に湯を沸かし、沸騰したら生ファルファッレを入れて茹でる。茹で時間は三分ほどだ。その間にフライパンを火にかけて無塩バターを入れて溶かし、そこにボンベノルと茹で汁を入れて混ぜ合わせ、塩で味付けをしておく。茹で上がったファルファッレを入れて和えれば、ボンベノル(そら豆)のファルファッレの出来上がりだ。中皿に盛り付け、ペコリーノ・ロマーノを削ってミミルの前に静かに差し出した。
〈美味しそうだ!〉
目の前に置かれた蝶々のような形をしたパスタと、鮮やかな緑に染まったボンベノルを見て、ミミルはキラキラと瞳を輝かせた。






