第415話
リズは稲に似た別世界の穀物をダンジョンが再現したもの。
ギュルロやリューク、トリュークのように土の中から出てきて攻撃したりしないし、セレーリやコウルのように回転したりして何かを飛ばしてきたりもしない。
本当に自生している穀物、のようなものだ。
ミミルから貰った赤銅色のナイフで稲穂ならぬ、リズ穂を手に持って刈り取り、そのまま空間収納へと仕舞っていく。
稲に似た実をつけるということは、乾燥させ、脱穀、精米というプロセスが必要になると思う。藁もついた状態なら脱穀も脱穀機などが使えると思うが、リズ穂だけ刈り取ったあと、どう処理するのだろう。
〈ミミル、これは脱穀だとかどうするんだ?〉
〈必要ない。穂を刈った時点でリズの可食部だけになる〉
ミミルの返事を聞いた俺は、空間収納に仕舞ったリズを取り出した。頭の中に浮かぶ収納品リストにリズが浮かんだ瞬間に手で掴むつもりで取り出した。
〈ホントだ……〉
そっと手を開くと、掌の上に米粒のようなものが載っていた。
見た目は米だ。ダンジョン産の種子は胚がないが、地上で見慣れた米も精米する際に胚を取ってしまっているので同じ形だ。
すぐに手のひらに乗ったリズを空間収納に仕舞い、また左手で目の前に頭を垂れたリズ穂を掴むと、右手のナイフで刈り取る作業へと戻った。
ダンジョン内の魔物、植物などすべてが交配できないようになっている。それは魔素が濃いから小さな単細胞生物が存在し得ないからだとミミルに言われたが、果たしてそれだけだろうか。
コウルはキャベツに似た葉を落とし、茎には芽キャベツが鈴生りで、花蕾はブロッコリーになっている。根元から切ればキャベツのような丸まった葉がドロップするし、茎を根元から切れば芽キャベツが散らばる。花蕾の根元を切ればブロッコリーだ。3つの部位がまとめてドロップすることはない。ギュルロは葉の根元を切れば、ニンジンに似たものが手に入るが葉は手に入らない。動物系の魔物は内臓や骨が手に入らず、肉の塊がドロップする。
つまり、ドロップしなかったところは魔素に還っているということだ。そして、還った魔素からまた魔物が作られる。
ミミルの話だと、魔素の根源は異次元に残った世界樹の魔力ということだから、食料とならない部分を魔素に還元してリサイクルしているのだとしたら、非常によくできた仕組みだ。
などと考えながらリズの収穫を続けていると、何かが駆け寄ってくる音が聴こえた。慌てて視線を音の方へと向けると、3頭ほどのファルが、縄張りから出て行けと言わんばかりに角を向けて向かってくるところだった。
彼我の残り距離は10メートルほど。だが、頭を下に向け、その長い角で俺を串刺しにせんと突っ込んでくる。
それなりに速度はあるが、角を突き出すために前が見えにくい姿勢をとったファルの攻撃を避けるなど造作もない。
俺は軽くサイドステップでファルの攻撃を避け、右手のナイフで1頭目の首を切り裂き、続いて来た2頭目の角を横から踏みつけ、左手のナイフを抜く。
角を踏みつけられたファルは地面に角が刺さり、地面に刺さったところを軸に前転すると、羊のようで羊とは異なる微妙な鳴き声をあげて激しく背中を打ちつけた。
俺は再びサイドステップで3頭目の攻撃を躱し、左手のナイフで胸のあたりにナイフを突き刺して、脇腹まで切り裂いた。
1頭目と3頭目は、それぞれの攻撃が致命傷になったようで数メートル進んで倒れ、ピクリとも動かなくなっている。
2頭目のファルは角が地面に深く刺さり、仰向けになったまま藻掻いている。
俺は2頭目のファルがいる場所に戻り、心臓があるだろう場所にナイフを突き立てた。瞬時にファルが硬直し、その後脱力して激しく動いていた前後の足が動かなくなった。呼吸音や胸の上下動も止まり、ゆっくりと魔素に還り始める。他の2頭も既に魔素に還り始めており、しばらくすると肉と毛綿、魔石を残して消えた。
ドロップした肉は初めての肩肉のようだ。羊肉なら脂が多めで匂いが強く、筋も多くて硬い――煮込みなどに向いた部位なのだが、ファルの場合はそんなに脂もないし、筋っぽくはない。だが、焼いて食べるならロース肉の方が良いだろう。この肩肉はラムと同様の使い方ができそうだから、地上に戻って野菜を買い足してカスティーリャ風のシチューにしたい。
ふとミミルの方へと目を向けると、ミミルもファルに収穫を邪魔されたようで、ちょうど2頭の首を風刃で斬り飛ばしたところだった。
どうやらファルは数頭から10頭という数で集団をつくって生活しているようで、1か所に留まるのではなく一定時間経過するとまとまって移動する習性があるようだ。
遠くに見えているファルの集団も、しばらくしたらこちらへとやってくるのだろう。
〈しょーへい、そろそろあっちにいかんか?〉
ミミルがリズの群生地の奥を指さして言った。
〈何があるんだ?〉
〈ボンベノルがあるぞ〉
エルムヘイム共通言語の加護によると、ボンベノルは地球でいうとそら豆のような豆のことだ。
そら豆はイタリア人の好物であり、俺の好物でもある。
それを取りに行かない理由なんて俺には思いつかなかった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






