第414話
手にとって広げてみると、牧場で刈り取ったばかりの羊毛のように、ファルの体の形になった毛綿だった。
明らかに、「倒す前のファルの体から刈り取っておきました」と言わんばかりの大きさと毛量だが、元になったファルは既に魔素に還ってしまったので確認することなどできない。
〈こ、このファルの毛綿はさっきのファルのどこの部分なんだ?〉
〈倒した魔物が何かを残したとして、それがその魔物のものであるという保証はない。以前、金が出たことがあるだろう?〉
ミミルが言っているのは、マスヴィン――カミツキネズミのこと――を倒した時に、マスヴィンが指先くらいの砂金をドロップしたことを言っているのだろう。
あの時はマスヴィンの習性としてなんでも口に入れてしまうから、倒したマスヴィンがたまたまどこかで口に入れたのだろうとミミルは言っていた。
〈じゃあ、ファルの毛綿も、ファルの習性に関係するのかい?〉
〈そうだ。仲間同士で喧嘩したあとに労うように互いに体の毛を口で毟っているのを見たことがある〉
〈そ、そうか。なるほど〉
俺はどこか納得したように返事をしたのだが、たぶん怪訝なものを見るような顔をしていたと思う。
魔物を倒しても内臓と骨をドロップすることがないし、腹にナイフを突き立てても内臓が出てくることもない。だが、俺が魔物の肺にナイフを突き立てると魔物は息苦しそうにするし、心臓がある場所を突けば死ぬ。マイクロウェーブで脳を焼くと泡を吹いて斃れる。心臓の鼓動にあわせて血が噴き出したり、血を流したりするから循環器系もあるはずだ。
などと考えてみるが、俺は思考を放棄することにした。魔素になって還っていくという時点で地球上にはない事象なのだから、地球の常識に当て嵌めようとすることが間違いだ。
とりあえず、ファルの場合は毟って口の中に入れた毛が毛綿になって腹の中に溜まっていた……と解釈するしかない。
〈しょーへい、アレがリズだ〉
〈おおっ、普通にイネだな〉
ミミルが指さす方向に目を向けると、10頭ほどいるファルの群れの向こうに頭を垂れ、黄金色に輝く稲穂が見えた。
ただ、リズが自生している場所に行くには10頭もいるファルの群れをなんとかしないといけない。
〈短剣を抜いておけ〉
と、ミミルが言って1歩踏み出した。
ミミルはどんな戦い方をしようと思っているのかわからないが、ナイフを抜いておけということは、2人で倒していこうということだろう。
雷を使った範囲攻撃では肉がドロップしないと理解したようで、ミミルは魔力の刃を使ってファルの首を斬り飛ばし、前脚を切断して次々と向かってくるファルを倒していく。
俺もファルの群れを見ながら右側へ移動し、ミミル特製の双剣を抜いて駆けだした。
5分もかからずに10頭のファルが斃れると、周囲には再び毛綿と琥珀色の魔石が転がっていた。
「お、肉だ」
目に入ったのは数メートル先に落ちていた赤身ロース肉だ。見た感じはとても形のいいラムラック。但し、大きさはラムのサイズではなくマトンサイズで、骨がまったくない。
少し離れているが、空間魔法Ⅰの練習を兼ねて離れたところから直接空間収納に仕舞い、手元に取り出して観察する。
ラムは生後12か月未満の子羊のことを指すので、ファルの大きさから考えるとマトンのサイズになるのは理解できる。
あとは、この肉にマトン特有の草の香りがないことを祈るばかりだ。まあ、ファルはダンジョン内の魔物だから草を食べないだろうし、ミミルの話ではうまいということなので、そこまで気にする必要はない。
『しょーへい、肉の塊が2つ手にはいったぞ』
『よかったな。こっちも1つだけ手に入れたよ』
報告してきたミミルの念話はいつものように権高な話し方だが、嬉しそうな雰囲気も混じっていて、違和感が残る。
10頭の群れのうちミミルが7頭、俺が3頭倒したのだが肉が出たのが嬉しいのだろう。
ドロップ品を拾い終えると、先へと進んだ。
運よく他のファルに接触することもなく、黄金色に色づいたリズの稲穂が目の前に広がっている。
普通のイネなら茎から穂首、穂軸が伸びる。穂軸から2度枝分かれした二次枝梗という部分に連なるように小穂がつく。この小穂の花頴が開いて花が咲き、受粉していれば花頴が閉じて中に実ができる。
対してこのリズは、二次枝梗の先で6個ほどの小穂がまとまって実っている。
「地上と同じってわけにはいかないか」
リズの実がたわわに実った穂を手に取り、俺は呟いた。
地球の米に近い実ができるが、違う世界から複製されてきた作物のようだ。
リズは地球の米とは違うものだが、ミミルの話では見た目や性質も似ているそうなので、収穫しないという選択肢はない。
昔の稲作では穂先だけを切り取っていた等という話も聞いたことがある。ミミルがいたエルムヘイムには、エルムのやり方があるだろう。
〈ナイフで根元から刈り取ればいいのか?〉
〈いや、穂先だけだ。根元から切ると魔素に還ってしまう〉
どうやら稲刈り機は使えないようだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






