第410話
ダンジョン第2層で3時間ほど北欧神話の本を読んで過ごし、そのまま寝た。
正直なところ、情報過多で頭の中が整理できていない。とりあえず、地上に戻ったらスウェーデン王室の家系図のようなものがあれば探してみたい。
忘れないよう、メモを書いて空間収納に仕舞い、そのまま眠りについた。
翌朝は珍しく俺がミミルに起こされた。
第2層の入口部屋で寝たせいだろうか。暗いので目が覚めなかったのだと思う。
〈悪いな、起こしてもらって〉
〈うむ。朝食を頼む〉
〈あ、そういうことね〉
2人でダンジョンに入っているときは、俺の空間収納に仕舞った食材や料理を食べる、ということになっている。
別にそうすると決めたわけではないが、ミミルの空間収納に入っていた食材から一部を譲り受けた時点でそういうことになってしまった気がする。
昨日、大量にキュリクス肉を手に入れたせいか、起き上がって階段へと向かう俺を見るミミルの目は、どこか期待に溢れている。だが、第2層の祭壇まで上がってみると、寝坊してしまったので結構日が高い。
とりあえず、空間収納から歯ブラシを取り出して咥えると、朝食のために簡易テーブルと椅子を組み立てて並べていく。
料理は申し訳ないが残り物のイカスミのパエリアだ。
パエリアパンのまま温めなおすのは難しいので、一旦は耐熱性の皿に移してある。俺はそれをテーブルに置いて右手を上に翳し、円を描くように動かしながら、マイクロウェーブを飛ばして温めた。
あまり強いマイクロウェーブを飛ばすと、乱反射した電磁波のせいで自分自身まで怪我をする可能性がある。かといって、周波数が低いと時間がかかってしまう。だから、皿の周囲を電磁波を通さない壁で囲うイメージをつくり、左手で魔力を流して防壁を作っておくことを忘れない。これが、空間魔法Ⅱを覚えれば多少離れたところでもマイクロウェーブを使えるようになるし、魔法の発現点を円を描くように移動させることで更に電子レンジっぽいことができるような気がする。ミミルに話すと、〈そのためだけに空間魔法Ⅱを覚えるのはどうかと思うぞ〉と言われそうなので言わないことにした。これからは積極的に空間魔法を使っていくようにしようと思う。もちろん、電子レンジ化計画を進めるためではない。
馬鹿なことを考えていても、防壁を作った中ならそれなりに高周波数の電磁波を起こすことができるので、ものの十数秒で熱々になった。
〈なんだ、また歯が黒くなるではないか〉
〈仕方ないだろう。残り物は早めに食べてしまいたいんだ〉
〈むう……〉
ミミルは拗ねたように口を尖らせた。
ダンジョンの中にいるのだから口の中に菌が湧くことはないのだから、ミミルには歯を磨くという習慣がない。
イカスミのパエリアを食べたところで、ダンジョンの中にだけいるのなら歯が黒くなる心配など無用なのだが、黒いままというのはどうも気になるらしい。昨日、地上で食べたときは鏡を使って黒くなった歯をみせるように笑っていたのは誰なんだって話だ。
〈他の料理はないのか?〉
テーブルの上を見回してミミルがたずねた。
用意しているのはとりあえず残ったイカスミのパエリアのみ。でも確かにこれだけだと少し寂しい。
〈あと、これとこれだな〉
と、言って俺が取り出したのはオーブンを使って焼いた牛モモ肉の塊。お試しで買った近江牛のモモ肉を使って裏田君が作ったものだ。
昨夜はこれをスライスしてタリアータとして出したのだが、とても好評で一瞬で皿の上からなくなった。
残っていた塊肉をスライスして皿の上に広げ、岩塩を削り、粗挽きの胡椒を振りかけた。
次に、鱸のグリルも残っているのでイカスミのパエリアと同じように温めて出す。
グリルで焼いたばかりのときは皮がパリッと焼きあがっていたが、マイクロウェーブで温めると柔らかくなってしまうのが残念だ。
パエリアに肉と魚……少しは野菜も食べさせたいところだが、簡易コンロの用意をしていないので今回は諦めることにした。
3つの料理がテーブルの上に並ぶと、さきほどは少し不機嫌そうにしていたミミルの顔が和らいだ。
「いただきます」
2人で手を合わせ、牛肉のタリアータに手を伸ばす。
先に食べないと、ミミルに全部食われてしまうからだ。
賄いを終えてから空間収納に仕舞ったので、そんなに香りがとんでいない。表面をしっかりと焼いてあるので香ばしく、黒毛和牛特有の甘い香りがする。
肉質は繊細でとても柔らかいが適度に弾力がある。噛み締めていると、バターのような芳香が鼻の奥へと消えていった。
さすがは、松阪牛、神戸牛と合わせて三大和牛と言われる近江牛だ。ただ、1人前の値段がどうしてもそれなりに高くなる。スライスして出すにしても、1皿で満足するほどの量を出すのは難しそうだ。
鱸のグリルはただ塩胡椒をして焼いただけではなく、ニンニク、唐辛子、ハーブ類を混ぜたオリーブオイルを塗って焼いてある。
このひと手間のおかげで、身がふわりと柔らかく、味が濃くてうまかった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






