第408話
王と王妃、王子や王女がいるなら普通は王族というはずだ。
〈お、王宮というと?〉
〈王宮というのは、王と王妃を指す王族に、宰相と2人のエルムを加えた5名のことだ〉
そういえば、国の名前は聞いていたが、王の名前などはまだ聞いていない。完全に異世界側の話なので、あまり興味がないのだが――今後もミミルと話をするうえで登場することもある可能性を考えると、これを機に聞いておいても悪くはないだろう。
空間収納からメモ帳とペンを取り出し、俺はミミルにたずねる。
〈初めて聞く話だな。王宮にはその5人しか住んでいないのか?〉
〈召使いや世話係は王都の住民から出仕しているが、城の中に正式な住居を持つという意味ではその5人だ〉
〈なるほど。まずは王の名前から順に教えてくれないか?〉
〈王の名は、ユングヴィ・トレージェ・コンヤ・イン・エルムヘイムという。古代エルム語で、エルムヘイムの国王であるユングヴィ3世という意味だ〉
3世ということは3代目か。ってことは3000年も前のことを知らないんじゃないだろうか。他の王族も似たような感じなのだろう。
〈王妃はゲーズ。宰相はスキルニル、召使はビュグウィルとペイラの夫婦だ〉
〈その人たちなら知っている可能性があるという理由はあるのかい?〉
メモをとりながら、俺はミミルにたずねた。
国王が3世というし、世継ぎもいるということは代替わりもしているんだと思う。
〈エルムヘイムの神話はふたつある。ひとつが建国前、神々の時代のことをまとめた創世神話。もうひとつが、建国から続く現王家の神話だ〉
ミミルの説明だと、日本の古事記と日本書紀の関係のようなものと思えばいいのだろう。
〈その創世神話に9つの世界の話がでてくるのか?〉
〈そのとおりだ。ダンジョンの各層にある出口の文字は、その創世神話を伝えるものだ。そこに嘘偽りは存在しない〉
そういえば、以前にもダンジョンの各層出口に書かれていることには嘘偽りはないとミミルが言っていた。
一方、言い伝えを元に作られたものには、都合よく書き換えられていることもある――というようなことを言っていた気がする。
〈第1層出口に書かれていたのは、イグナールとギレンボルスティの話だ。簡単にしか説明しなかったが、イグナールはヴァンアヘイムからやってきた、古代エルムの王だ。本当の名はユングヴィと呼ぶ――〉
しばらくミミルの話は続いたが、要約すると以下のようになる。
*
イグナールという名は、古代エルム語で〝崇拝される者〟という意味を持つ言葉。本当の名はユングヴィである。
創世神話では、神々と巨人族との戦い起こり、多くの神々と巨人族が死んだ。
その戦いでヴァンア神族であり、巨人であったユングヴィも斃れてしまう。
その後、神々の戦いが終焉を迎え、9つの世界を支えていた宇宙樹も燃えたところで創世神話は終っているらしい。
建国神話では、ビュグウィルとペイラがユングヴィの亡骸を戦場で発見し、宇宙樹の洞のなかへと運び込むところから始まる。ユングヴィは洞の中に退避していた妻のゲーズ、息子のフィヨーニルの蘇生の魔法により蘇った。
蘇生後のユングヴィは、自らの名をユングヴィ2世へと変えた。
神々と巨人族との戦いのせいで宇宙樹の洞の中はとても暗かったが、大きなエルムの木が1本だけ生えていた。
ユングヴィはエルムの木を中心に魔法で新たな世界を作り、そこをエルムヘイムと名付け、古代エルムの人々をエルムと呼んだ。
*
〈以上がエルムヘイムの始まりとされている〉
〈……そ、そうか〉
俺は思ったよりも神話らしい重厚な話を聞いて、思わず言葉に詰まってしまった。
地球ではユグドラシルのことを世界樹と呼ぶこともあるが、宇宙樹と呼ぶ場合もあるらしい。その点でも共通点があるのは確かだと思う。
だが、特に興味深いのは洞という存在だ。洞は木の中に開いた穴のことを指すのだが、空洞になっているというところが宇宙を想起させる。
〈ダンジョンというのは、異次元を介して異なる宇宙を繋ぐもの、と言ってたよな?〉
俺の家の奥庭に穴が開き、そこからミミルが現れたときにミミルはそう言ったはずだ。
〈概ね、そのようなことを言った記憶はある〉
〈ダンジョンの各層は宇宙樹の洞、その間を繋ぐのは宇宙樹ということで合ってるかな?〉
〈洞と言っても、宇宙になれないほど小さな穴だ。そこに別の宇宙にある生き物などを再現し、燃え尽た宇宙樹が持っていた魔力でつないだものがダンジョンだ〉
〈……小さな穴、か〉
ダンジョン第2層の大きさを思い出してみる。魔物と戦ったり、寄り道をしたとはいえ、数十キロ四方はありそうな大きさがある。
〈話は戻るが、ダンジョンを作ったのはユングヴィ2世ということになるのか?〉
〈そのとおりだ。そして、王宮には最も古い――原初のダンジョンが存在していて、王族や宰相、召使いたちが使用している〉
ユングヴィ2世が作った最初のダンジョンか。現在の王はユングヴィ3世と言っていたから、やはり代替わりしているようだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






