第406話
昼食後も張り切ってキュリクスを倒し続けたため、モモ肉が10個、肩ロースが5個、リブロースが6個、サーロインとテンダーロインに当たる部分が8個。それぞれ、1キロくらいの塊肉が手に入った。とはいえ、倒したキュリクスの数はゆうに300は超えていたので、相変わらずドロップ率はあまりよくない気がする。
それでも大量のキュリクス肉が手に入ったところで、ミミルは超ご機嫌だ。
〈しょーへい、夕食は肉だな? 肉祭りだな?〉
〈――お、おう〉
〈にっく、にく、にくぅ♪〉
いつもはとても尊大な話し方をするミミルだが、ここまで機嫌が良いのを見るのは初めてだ。夜の賄いで出した料理に入っていた肉はパエリアの鶏肉くらいのものだったし、昼の賄いはカルボナーラに入っていたパンチェッタくらい……野菜や魚介類を使った料理が続いたのが原因だろう。
ミミルは歌うように肉を食える喜びを表しているが、決して歌が上手いと言えないのが残念だ。
いずれにせよ、魚介類中心の食事が続いたことは確かなので、ここまで肉を食べたいと主張されると断れない。
空間収納から取り出したリブロース肉から脂身やリブキャップ――日本の焼肉屋では「かぶり」と呼ばれる部位を切り取ってリブアイの部分に成形していく。といってもキュリクスの肉の場合は脂身が非常に少なく、逆にリブキャップに該当する赤身肉の部位が多い。ここは焼肉のタレを買ってきたときにでもスライスして出せばいい。
キュリクスの肉は空間収納に保管されているだけなので常温だから、すぐに焼き始めることができる。ただ、普通に塩と胡椒をして焼き上げるだけというのは芸がない。
まず、キュリクス肉の両面に粗く削った岩塩をたっぷりと振りかけ、オリーブオイルを少し塗りつけた網の上に載せると、簡易コンロの薪の火で炙る。焦がすのではなく、表面をカリッと焼き上げたら、裏返して同様に焼き上げる。
ミミルから受け取った薪は、コラプスやエアエッジ、エアブレードの練習や、ダンジョン入口に立ててランタンを置いていた木を割って作ったものだ。地上の木であれば少なからず油を含むことがあって煤が出るものだが、この木は乾燥していて油もない。
薪にするためにある木……いや、薪として使うために植えられている木という感じがする。
キュリクス肉の両面がクリスピーに焼きあがれば、数分寝かせて出来上がりだ。
大きめの割れない食器に残ったチャンボッタを盛付け、アルミホイルに包んで温めたプティ・バタールを添えたところにキュリクスの肉を載せてミミルに差し出す。
〈お、できたか〉
皿の上に乗った料理をジッと見つめながらミミルが言った。その両手には既にナイフとフォークが握られている。
食欲が旺盛であるということは、胃腸の調子が良いという証拠だから悪いことではないが、気持ちばかり先走るのはどうかと思う。
〈キュリクスのチュレトン(chuletón)を使ったバスク風フィレテ(filete)だ。豪快に薪の火で焼き上げるスペインバスク地方のリブアイステーキだ〉
リブロース肉のことをスペイン語でチュレタ(chuleta)と書くのだが、牛肉の場合はチュレトンと呼ぶ。チュレタの場合は骨付きを指し、チュレトンの場合は骨の有無は問わない。
キュリクス肉の味わいは黒毛和牛とアンガスビーフの良いとこどり。骨がないが、部位としてはリブロースなのでチュレトンということにした。フィレテはステーキのことを指す。
〈食べていいか?〉
〈手を合わせてからな〉
俺に言われて、ミミルは慌ててナイフとフォークをテーブルの上に戻すと、「いただきます」と言って手を合わせた。
俺も自分の肉を皿に盛りつけ、席について手を合わせて「いただきます」と言ってからナイフとフォークを手にとった。
プティ・バタールやチャンボッタには全く興味をみせず、ミミルはフォークをキュリクスの肉に突き刺し、ナイフを入れる。
表面のカリッと焼けた部分こそ力が必要だが、見た目はまだ幼い印象を受けるミミルでも分厚いキュリクスのリブアイへ滑るようにナイフが入っていく。
ミミルを真似るように俺も左手のフォークを肉に差し込み、右手のナイフでひとくち大に切る。肉の表面はサクリと焼きあがっているが、中心部はほぼ生で赤い。ダンジョン内には細菌やウィルスを含め、魔素のせいで小さな生物は存在し得ない。それはドロップした肉などの食材も同様だ。地上と違って、生のままキュリクスの肉を食べても食中毒を起こすことはないので安心して食べられる。
口元まで肉を運んでくると、純粋に肉の脂が焦げた甘い香りがふわりと漂う。燻製香がせず、炭で焼いたような感じだ。
表面の焼けた部分はさくりとしているが、肉そのものは柔らかく、温かい。上等な黒毛和牛にも似たサラリとした脂が口に広がり、その甘さを表面に振った岩塩の塩味が引き立てている。
仄かに鼻に抜けるのはミルクのような赤身の香り。
〈やっぱ、キュリクスの肉はうまい〉
俺がそう呟くと、いつものように肉で両頬をいっぱいにしたミミルが無言で何度か頷いた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






