第401話
写真撮影を終えて、俺とミミル、裏田君、田中君、岡田君、本宮君の6名で賄いを食べた。
量が多いので、持ち帰りたいものがあれば持ち帰っていいと言うと、ピッツア・マルゲリータとピッツア・クワトロフォルマッジはすぐにアルミホイルに包まれ、鶏肉のパエリア、牛肉のタリアータはフリーザーパックに入れてお持ち帰りされることになった。特に1人住まいの本宮君は嬉しそうにしていた。
賄いの時間が終ると、営業時間を終了するまで2人の接客訓練をしてこの日は終った。
*
皆が帰ったあと、俺とミミルは2階の自宅に戻っていた。
先ほどからミミルはにんまりと笑って、鏡に映ったお歯黒顔を楽しんでいる。
「ちゃんと歯、磨けよ」
「……ん」
頷いたあと、こちらに真っ黒に染まった歯を見せて笑ってみせる。俺を笑わせようとしているのだろう。
「面白い、ない?」
「すまん、見慣れてるからな」
俺は仕事柄、イカスミ料理を食べたあとの顔を見ることがよくあるので笑えない。ミミルが頬を膨らませて拗ねているが、こればっかりはどうしようもない。
「俺は事務所部屋でメニューを作ってるから、何か用があったらまずは念話してくれ」
「……ん」
営業を始めると23時までは片付けや翌日の仕込みがあるはずだが、今日は22時には終了したので余裕がある。
明日には警備会社の工事が入るので、いまのうちにできる範囲は済ませてしまいたい。まずはパソコンに写真を取り込んでおく。
メニュー用に写真を撮影したものの、自分の店のメニューに載る料理の写真を全部撮る気はない。
実質的には殆どが文字だけのメニューになるだろう。
開店当初から1ヵ月もすれば出る料理と、出ない料理がはっきりと分かれてくる。そうなると、メニューを見直していかないといけないからだ。
そうして何度も食材や料理そのものを見直し、少しずつグランドメニューを育てていくことになる。
カタカタと音を立てて文字部分を作っていると、ミミルが仕事部屋に入ってきた。
「しょーへい」
「おいおい、先ずは念話してくれって言っただろう?」
「むう……」
つまみ食いのこともそうだが、どうやらミミルは自制心が薄い気がする。10歳の頃にダンジョンで加護を得て、貴族並みの待遇を受けて育ち、誰も注意する人がいなかったせいだろうか。
さすがに、店が営業を始めてからはつまみ食いをしたりしないと思うが、しっかりと言い聞かせておかないといけない。
〈ミミル、昨日、今日と出てきた料理をつまみ食いしようとしたそうだな?〉
〈うむ、客に出す料理ではないと知っていたからな〉
〈田中君が作った菓子を俺がシャシンに撮っているのを見ただろう?〉
〈み、見た〉
ミミルはバツが悪そうに視線を泳がせる。
〈なのにどうして他の料理はつまみ食いしてもいいと思ったんだ?〉
〈す、少しくらいならいいと思った〉
〈他の店に行ったときに品書きを見ただろう。俺の店も品書きをつくるためには写真を撮らないといけない。でも丁寧に盛り付けた料理をつまみ食いしたら料理を作るところからやり直しになる。裏田君や田中君に迷惑をかけることになるんだぞ?〉
〈す、すまん。私が悪かった〉
やけに素直な気もするが、他にも言っておく必要がある。
〈前にも話したとおり、明日にはこの部屋に泥棒対策のためにカメラを置いたり、センサーをつけたりする〉
〈うむ。前に話していたな〉
〈迂闊にカメラやセンサーが働いているときに部屋に入ると、ケイビイン――衛兵のような人が駆けつけてくることになっている。俺が許可したとき以外にミミルがこの部屋に入ると、ケイビインに迷惑をかけることになる。だから、俺に許可を取るためにも念話で話してくれ。いいか?〉
〈……わ、わかった〉
ミミルは唇を尖らせ、拗ねたように言った。その様子はどこか、反省していないように見えるのだが……北欧伝承のエルフは悪戯好きだというし、エルムの性質みたいなものなのか。
「これ、なに?」
「パーソナルコンピューター。パソコンと略して呼ぶことの方が多いな。スマホと一緒でソフトウェアを入れるといろんなことができる魔法の箱みたいなもんだ」
「……魔法のはこ?」
「魔法のような箱って意味だぞ。スマホよりも高度なことができる。ゲームもできるし、高度な計算をしたり、文章を作成することもできる。調べものもこれ一台でかなり広範囲に調べられる」
「……ふむ」
パソコン本体や液晶モニター、マウス、キーボードなどにミミルは顔を近づけて観察し始めた。
「いままでも俺がパソコンを触ってるところ、見てただろ?」
「パソコン見るしょーへい、顔、こわい」
ミミルが人さし指で自分の眉間に皺を作ってみせた。
パソコンを触っているとき、俺がいつも難しい顔をしているからききづらかったのか。
そういえば、リーディングライトを買うときに自宅側にもパソコンを置くことにしていたな。
警備のことを考えると、パソコンも買ってしまう方がいいか。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






