第400話
吉田、中村のパート2人組と同様、田中君にバイトの2人への教育をお願いした。パートの2人に対しては田中君が手の洗い方やトイレ点検の仕方、冷蔵庫、製氷機の場所などを教えてもらったが、今回はそれ以降の部分も教えるようにお願いしてある。
理由は、俺もそろそろ料理の方に手をつけたいからだ。
ミミルを客席に残して女子4人にさせるのも少し心配だが、打ち解けてもらう時間も必要だ。勤務時間はバイトの2人の方が長いので、特に問題はないだろう。
厨房に入ると、裏田君が既に料理に取り掛かっていた。
ガラス製の容器に入っているのはサーモンマリネ。酢で漬け込むので念のためガラス製の耐熱皿を使っている。
昼間に作っていたカポナータは既にキッチンポットへと移し替えられていた。
出来上がったばかりなのが、鰯のベッカフィーコ。開いた鰯の身の方に詰め物をして丸め、串を打つ。そして、黄金色に炒めたパン粉をまぶして、オレンジやレモンのしぼり汁をかけてオーブンで焼いたものだ。鰯の尻尾をピンッと立て、イタリアに棲む小鳥――ベッカフィーコに見立てて作るがコツだ。
オーブンの蓋を開け、ローストパンの上にズラリと並んだベッカフィーコを撮る方が、皿に並べたものより美味しそうだ。
「裏田君、この状態で写真を撮るから少し待ってくれ」
と、言って俺は客席にカメラを取りに戻り、すぐに写真を撮った。
「――いい感じだ」
「おおっ、ええ感じですね」
撮影後に表示される液晶画面の写真を裏田君が覗き込むように見る。仕上がった写真はいずれ作る店のウェブサイトなんかでも使えるだろう。
「悪いね、手をとめさせて」
と、俺は裏田君に軽く謝っておく。
今は試作の段階だから問題ないが、営業中であればかなり邪魔をしていることになる。
「いえいえ、ほんまええ写真、撮れてよかったですわ」
裏田君は素直に嬉しそうな笑顔をみせてくれた。
裏田君に負けるわけにもいかないので、俺もカメラを置いて料理に取り掛かった。
まずは、裏田君と同じようにタパスやピンチョスにできるような料理から始める。
1つめは定番のジャガイモのトルティージャ。
はじめてミミルのために作った料理だ。
ほかほかと白い湯気をあげ、木製の把手付きカッティングボードの上に置いた。
2つめはタコを使った料理。本来のレシピでつくるなら生のタコを茹でるところから始めることになるが、さすがに店では茹でタコを使う。
ジャガイモを蒸す。といっても、皮つきのジャガイモを濡れたキッチンペーパーで包み、更にラップで包んでレンチンするだけだ。本場のレシピでは茹でて作るのだが、茹でると時間もかかるし、水っぽくなるので蒸す方が俺は好きだ。
蒸しあがったジャガイモの皮を剥き、スライスして皿に敷き詰めたら、同じようにタコの足をスライスして上に並べる。全体に塩、パプリカパウダーを振りかけ、エクストラ・バージン・オリーブオイルを掛けまわして、タコのガリシア風の出来上がりだ。
残ったジャガイモを使って3つめ、スペイン風のアンチョビポテトを作るのを忘れない。
そうして2時間半ほど掛けて、料理を作り続けた。
調理台の上や、客席との間にあるカウンターの上に様々な料理が並んだ。
『しょーへい、腹が減った』
突然、ミミルから念話が飛んできた。
パートの2人が帰る頃にボネを食べていたはずだが、もう腹を空かせているようだ。
時計は19時を指していて、ダンジョン内なら食事をする時間帯だ。ミミルの体内時計、いや……腹時計の正確さには驚くばかりだ。
『ああ、そろそろ賄いの時間にするか』
と、ミミルに返しておく。
丁度良く、鶏肉のパエリアとイカスミのパエリアが炊き上がるところだった。
「裏田君、そろそろ撮影を兼ねて賄いの時間にしようか」
「はい、ほな僕は向こうに料理、運んどきます」
出来立てのアクアパッツァを片手に、裏田君が客席へと向かった。
料理を運ぶのは裏田君に任せる形になるが、仕上げにピッツアを焼く。元々ピッツァを焼く予定で窯に火は入れてある。
打ち粉をして生地を丸く伸ばし、そこにトマトソースを塗り広げ、スライスしたニンニクを散らしてオリーブオイルを振りかけたらピザピールに載せて窯の中へ――1枚目はシンプルなマリナーラだ。
2枚目はトマトソースを塗り広げたところにモッツアレラチーズとバジルの葉を散らし、オリーブオイルを振りかけて焼くピッツア・マルゲリータ。
3枚目は4種のチーズを散らして焼いたクワトロフォルマッジ。
3枚のピッツァを10分程度で焼き上げ、木製のピザパドルの上でカットして客席へと運ぶ。
テーブルには既にたくさんの料理が並んでいるが、また田中君がガッチリとミミルを捕まえていた。
「ミミルちゃん、またつまみ食いしようとするんですよ」
「――ぐむぅ」
「ああ、すまん。どうも腹が減ると我慢できないらしい。あとでちゃんと言いきかせるから」
俺が親ってことになってるんだから、どんな教育をしてきたのかと疑われるのは俺の方だ。あとで本気で叱るしかないな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






