第399話(ミミル視点)
岡田ではなく、恋茉と呼んで欲しいらしい。
日本語Ⅱの技能が、恋茉の使っている言葉がモモチチと同じ方言であると言っているのだが、モモチチとは話し方、速さが全然違う。冷冽でとてもキリッとした……例えば、秦さんの話し方で声を若くしたような印象だ。
ある意味、このまま年を重ねるとあのばあさんのようになるんじゃないかと少し心配になった。
いや、それは秦さんに対して失礼というものかな。
恋茉が1歩下がると、もう1人の女性が前に出た。
「本宮翼です。衣笠大学文学部2年、今年20歳になります。大宮に住んでいますが、出身は東京です。よ、よろしくおねがいします」
短くカットした黒髪に、華奢で細い身体。更に端正な顔立ちから中性的な印象を受ける。
恋茉だけ下の名で呼ぶのは申し訳ないので、この娘は翼と呼ぶことにしよう。
自己紹介を終えた翼が1歩下がった。
左からモモチチ、恋茉、翼の順に並んでいる。
翼は恋茉よりも更に背が高い。
モモチチと恋茉の間が私の拳ひとつ、更に恋茉と翼の間で同じくらいの差がある。正に、小中大という順番だ。
そして、胸の大きさは見事に大中小の順になっている。
モモチチの場合、身長が伸びない分、胸に栄養が偏ったのだろう。
逆に翼はエルムなのではないかと思ってしまうほど細い。ちゃんと食べているのか心配になってくる。ただ、あの胸の大きさは私と同じ悩みを抱えているはずだ。同志として認めることにしよう。
などと考えていると急にしょーへいに肩を抱き寄せられ、前に立たされて両肩を強く掴まれた。別に逃げたりしないのに、どうしてだろう。
「で、この子はミミル。俺の娘だ。ミミル、挨拶しなさい」
「よ、よろしくおながいします」
クッ……噛んでしまった。
「スウェーデン人とのハーフなんだ。いまの挨拶を聞いたとおり日本語には慣れていないから、質問があったら俺に聞いてくれ。いいかな?」
「「はい」」
恋茉と翼、2人が同時に返事をした。私はニホンに来て日が経っていないということになっているから、あまりニホン語がわからないということにしたいのだろう。
だが、恋茉は早速質問したいことがあるようで、そっと手を挙げた。
「岡田君、どうしました?」
「高辻さんはイタリアとスペインにいたはったんですよね?」
「そうだよ」
「スペイン語できはるんです?」
少し困惑した様子で、しょーへいが返事をした。
私のことをたずねられると思っていたところに、まさか自分自身の語学力について質問されたのだから仕方がない。
「ああ、英語とイタリア語、スペイン語は話せる。あとスウェーデン語を少し、だな」
「読み書きは?」
「読み書きは苦手なんだよ。現地に飛び込んで体で覚えたからね。すまんが、第二外国語の勉強という意味ではあまり役に立たないと思うぞ」
「そ、そうなんですか」
恋茉が少し残念そうに呟いた。
大学というところで恋茉がスペイン語とやらを学んでいて、しょーへいに教わろうと思っていたということだろうか。
「はい」と、手を挙げたのは翼だ。
「本宮君」
「ミミルちゃんはどこ生まれなんですか?」
「スウェーデンだ。スペインで知り合ったスウェーデン人の、ミミルの母親との子だよ」
「奥さんじゃないんですか?」
「ん、まあその、あれだ……もういないんだ」
「あっ……すみません、てっきり一緒に暮らしてるのかと」
翼の目が私の方へと向くと、うるうると涙が溜まっていくのが見える。今にも鳴き出しそうだ。
ここは言葉がわからず、何を話しているか理解できていないフリをしておくのがいいだろう――そう思って、私は翼に向けて小さく首を傾げてみせた。
しょーへいと親子だとか、母親が死んでしまったという嘘の話をしているのだからとても心苦しい。だが、しょーへいの話だと今日で従業員が揃うということだったから、この場での嘘が最後になる……はずだ。だと思う。
「ほんま、かいらしいわあ」
一瞬、店内を重い空気が支配したが、モモチチのひと声が空気を変えた。おそらく計算してこういう発言をしているのだろう。こういう聡いところをみるに、モモチチは見どころがある女だとは思う。その脂肪の塊がもっと小さければ仲良くしてやろう。
「あと、ひとつだけ。高辻さんって、面接のときはもっとこう……」
言葉を選ぼうとしたのか、しょーへいに対して質問を始めた翼が言い淀んだ。
そこに、同じ疑問を抱いていたのか、恋茉が口を挟んだ。
「恰幅がある感じやったね」
「そうそう、それ! 急に痩せました?」
恋茉がうまく言ってくれたせいか、翼がどこか心配そうな様子でしょーへいにたずねた。
「面接したのって、2週間くらい前だよな? あれから筋トレしたり、食生活変えたり……いろいろとした結果だよ」
「いや、それにしても……」
「まあ、そういう質問はまた今度な。田中君、2人にフロアの仕事を教えてやってくれるか?」
「はい、大丈夫です」
翼は納得できていないようだが、しょーへいは質問攻めから逃げるためにも2人の研修を始めることにしたらしい。
私もようやく周囲が静かになって、漢字の勉強に集中できそうだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






